10th stage!

「紗由、両親と決別する」


扉イラスト:和泉つばす 挿絵イラスト:稀星学園高尾校美術部




 放課後。謡舞踊部の部室にメンバーたちが集まっていた。
「明日はいよいよ準決勝や。みんな、ダンスの最終調整するで~」
「「はい!」」
 しかし、一同が踊り始めると、早々に紗由がミスを重ねた。
「どうしたん、紗由ちゃん。いつもばっちりやのに、珍しいなあ」
「疲れでもたまってるのかい?」
「みみっ!? 目の下にクマもできてるみぃ。紗由、ちゃんと寝れてるみぃ?」
「あ……その、衣装の直しが遅れていて…。でも、大丈夫です! 明日には必ず間に合わせますから」
「うーん、ほな、今日はここまでにしよか。明日のために体力をとっておくことも大事やしな。紗由ちゃんも早く帰って衣装を直してしまうこと」
 瑞葉が全員の前に立つ。
「みんな、今日はしっかり寝て、コンディション整えてきてな」
「「はい!」」
みんなが帰り支度を始める中、紗由は荷物をまとめると早々に部室を出て行った。
「紗由さん…どうしたんだろう…」



その夜。舞菜は、夕食を早いうちに済ませ、部屋でダンスの確認をしていた。
「もう歌詞も振り付けも大丈夫かなあ…。寝たら忘れちゃったりしないよね…?」
 不安そうに何度も何度も歌詞カードや振り付け表を確認する。
 そこに、夜だというのに呼び鈴が鳴り響いた。
「はい」
 舞菜が玄関を開けると、そこに立っていたのは紗由だった。
「ごめん舞菜、急に来て…。今晩、泊めて欲しいの…」
「え?」
 見ると、紗由は大きなキャリーバッグを携えている。
 何か事情がありそうな紗由だが、舞菜は何も聞かずに笑顔を見せた。
「どうぞ、あがって」

 舞菜は紗由を自分の部屋に通した。
「荷物、そこらへんに置いていいからね」
「ありがとう…」
「ふふ、紗由さんが遊びに来てくれて嬉しい。あっ、わたし、叔母さんに言ってくるね。ちょっと待ってて」
 ぱたぱたと足音を立てて舞菜は奥の部屋へと行ってしまった。
 紗由は部屋の隅っこに腰を下ろす。歌詞カードやダンスの振り付け表が拡げられているのを見て、舞菜が先ほどまで確認作業をしていたのだとわかった。
「やっぱり迷惑だったわよね…本番前なのに…」
 はあ……とため息を吐く紗由。そこに、足音と共に舞菜が部屋へと戻って来た。
「紗由さん、お風呂はもう入った?」
「え…あ…まだだけど…」
「じゃあ先に入っていいよ」
「えっ、ダメよ。急に来た私が先だなんて…」
「うーん……じゃあ、一緒に入る??」
「えっ?」
 舞菜が紗由の手をとり引っ張っていく。
「行こう紗由さん。ほら、早く~」
「えええっ」

 脱衣所で恥ずかしそうに服を脱いでいく紗由。舞菜は既に裸になっていた。
「誰かとお風呂に入るなんて久しぶりだよ~」
「うん、私も…」
 紗由が裸になると、舞菜がじっと見てきた。
「紗由さんて…スタイルいいよねー…。えいっ」
「ひゃっ」
 舞菜が紗由のウエストに手を伸ばす。すると、紗由の身体を隠しているタオルの中から黄色いおもちゃがころんと落ちた。
「え? これ……あひるさん?」
 床に落ちたあひるのおもちゃを拾い、舞菜は紗由を見上げた。
「うう…………私、それがないとお風呂に入れないの……」
「えっ」
「こ、子どもみたいよね…。中学生にもなって、こんなの…。やっぱり持って来るんじゃなかったわ…」
「えー。ぜんぜん! かわいいよ、紗由さん。わたしも一緒に遊んでいい?」

 二人は向かい合うようにして湯船に浸かった。
「えいっ。えいっ」
 舞菜が紗由に向かってあひるの口からお湯を出す。
「や、やめてよ舞菜…。くすぐったい…」
「あはは。紗由さんのそんな顔、初めて見た~」
「もう~。からかわないの」
「いつもはどんな風にしてこの子と遊んでるの?」
「え…っと、湯船に浮かばせたり、ときどき話を聞いてもらったり…かな」
「へえ~! 紗由さんもおもちゃに話しかけたりするんだ! 意外だよー」
「ば、ばかみたいって思ったでしょっ」
「思ってないよ。かわいいよ」
「ほんとかしら……」
「ほんとだよぉ~」
 明るく笑う舞菜の声が浴室に響いた。
 紗由はようやく表情を和らげる。
「……ごめんね、舞菜。急に押しかけて……。私、お母さんと喧嘩しちゃったの……」
「え?」
「実は、うちのお父さんとお母さん、私がアイドルを目指してること、反対しててね……」
「ええっ! そうだったの!?」
「うん。黙っててごめん」
「え~、ちょっとびっくり。ううん、だいぶびっくりだよ~。そっかー、そうだったんだねえ」
「去年までは応援してくれてたんだけど、中学に入ったらやめなさいって言われてて…。アイドルを目指してもなれる保証はないし……。だから本校の受験も許してもらえなくて……」
「それで高尾校に入ったんだ」
「正直なところ、この前会った伊津村さんたちのお母さん、というか、お姉さん? あの二人のこと応援してて、羨ましかった……」
「そっか……そうだよね……」
「でも、2人の気持ちもわかるの。お父さんやお母さんが私の将来を心配して、そう言ってくれてるんだって……。でも、だからってあきらめようって気持ちにはどうしてもなれなくて……。舞菜やみんなが入ってくれて、ここまで来くることができたのに、ちょっと前に見つかっちゃって…。それで、とうとう喧嘩になっちゃって…」
 はあ……と辛そうに紗由は膝を抱えて俯いた。
「どこにも行くところがなくて、舞菜のところに来ちゃった……」
「気にしないで、紗由さん。わたしこそありがとうって思ってるよ。帰って来てからずっと緊張しちゃってて、一人じゃ不安だったんだ。だから、来てくれてとっても嬉しい」
そう言って、にこっ、と笑う舞菜。
「それに、こうやって紗由さんと一緒にお風呂も入れて、あひるさんとも遊べたしねっ」
 舞菜はまたあひるの口からお湯を出し、紗由の顔にかける。
「も~、また?」
「あはは、だって楽しいんだもん~」
「今度は私の番よ」
 紗由が舞菜の手からあひるを取り返す。
「えーいっ。舞菜、覚悟~っ!」
「きゃーっ。紗由さんやめてやめて~。くすぐったいよお~」
 それからしばらくの間、二人の笑い声が浴室に響いていた。



 入浴のあと、紗由は舞菜の部屋で衣装の直しをしていた。舞菜も手伝ってくれていたが、途中で眠ってしまっていた。
 ようやく作業が終わり、最後のひと針を縫って、紗由は衣装を掲げて見る。
「よし、終わった…」
 隣で寝転がっていた舞菜がもぞもぞと起き上がる。
「んあ……わたし、寝ちゃってた…。ごめん、紗由さん」
「ううん。手伝ってくれてありがとう、舞菜。舞菜のおかげで早く終わったわ」
 舞菜と紗由はそれぞれの衣装を並べて飾ってみる。
「ひとり分だけでもかわいいけど、二つ並ぶともっとかわいいね…」
「舞菜…、私ね…、高尾校に来たばかりの頃は、ちょっとだけやる気なくしてたんだ…」
「え?」
「一緒にアイドルを目指してくれる子が見つからなくてね…。でも、そんなときに舞菜が来てくれて…。こうやって同じ衣装を並べることができて、本当に嬉しい」
「うん…」
 2人は鞄に衣装をしまうと、並んで敷かれてある布団にそれぞれ入った。
 見つめあうように互いの方に身体を向ける。
「舞菜、私、明日頑張る」
「うん。わたしも。紗由さんと一緒なら、どこまでも頑張れる。紗由さんと一緒に踊っていたら、わたし、毎日うまくなってる気がするの」
「それは……私の方だよ、舞菜。舞菜が私を引っ張ってくれてるんだよ」
「ううん、紗由さんがわたしを引っ張ってくれてるんだよ」
「違うわよ。舞菜よ」
「紗由さんだよ」
「舞菜だってば」
「紗由さんが――」
 言い合って、ふいにくすくすと笑いあう二人。
 舞菜はじっと紗由の目を見つめた。
「わたし、紗由さんとずっとずっと一緒にいたい。離れたくない」
「私もだよ、舞菜。でも、それってどれくらいまで?」
「えっ……ずっとはずっとだよ」
「プリズムステージが終わるまで?」
「ううん。もっとずっと。ずーーーっとだよ」
 そう言って舞菜は紗由の布団の中へと入って行く。そして、紗由の身体にぎゅっと抱き着いて。
「これくらい。ずっとだよ」
「……なにそれ、よくわかんないよ」
「いいよ。わかってくれるまで、離れないもん」
 舞菜は紗由の身体に抱き着いたまま目を閉じた。
 紗由の体温を感じながら、だんだん眠りについてゆく。
 そんな舞菜をそっと抱きしめ返して、紗由も目を閉じた。
「ありがとう、舞菜……」





 翌朝、プリズムステージ東京地区大会の、準決勝の会場ロビーで、謡舞踊部の4人が舞菜と紗由を待っていた。
「…お客さんが増えてる」
「みんな、みいのことを見に来たみぃ」
「テレビでよく見かけるプロデューサーも来てるね…」
「みんな、みいのことを見に来たみぃ!」
「さっき素通りされてへんかった?」
「みんな、みいのことはチェック済みみぃ!」
「…あっ。あそこに…”か~みん”が…」
 かえが手を震わせながら関係者入り口を指す。
「えっ? なになに? うわ~、めっちゃオレンジ色の子がおるなあ。あの子、有名なん?」
「…部長、まさか、か~みんを知らないの…? 今、愛媛で動いているビッグプロジェクト『柑橘王国のプリンセスを探せ! みかんアイドル栽培し隊』で倍率三十倍のオーディションに合格した、常にポジションはセンターの新人アイドル。その名も、柑橘王国初代プリンセス、つぶつぶ色のか~みん!」
「へ、へー…? すごい人…なんやなあ~…??」
「…か~みんを育てるアプリゲームも密かに大人気」
「知らんくてごめんなあ~。そんなに人気あるんやなあ」
「ま、みいには劣るけどみぃ!」
「…はあ…か~みんの前で歌うことになるなんて…緊張する」
「プリンセス、サイン欲しいなら一緒に行こうか?」



「…うっ! それは……やめておく。今日はチームで来ているから」
「わかった。偉いな、プリンセス」
「そのチームやけど、舞菜ちゃんと紗由ちゃん。まだ来おへんねえ? どうしたんやろ」
「また舞菜が逃げ出したみぃ?」
「うーん…それは、やめてほしいけどなあ…」

 その頃、舞菜と紗由は会場に向かって走っていた。
「ごめんなさい、紗由さん。わたしが目覚ましをかけ忘れてたせいで…」
「それは私も同じだってば。ケータイのアラームを切っちゃってたんだから。とにかくあと少し頑張りましょ。会場はもうすぐよ!」
「うん…!」
 二人が走っていると、会場の入り口が見えてきた。しかし……
「あっ…」
 何かに気づいて紗由が足を止める。
「どうしたの、紗由さん」
 不思議に思って見ると、舞菜と紗由に向かって歩いてくる二人の大人がいた。
 きちっとしたスーツ姿の女性と男性で、紗由の前まで歩いてくると足を止める。
「迎えに来たわよ、紗由」
「……っ」
 女性に声をかけられたが、紗由は返事をせずに俯いた。
「紗由。聞こえてるでしょう?」
「……」
 舞菜が紗由に寄り添って小声で問いかける。
「紗由さん、この人たちって…?」
「……お母さん…と、お父さん……」
「えっ、紗由さんの……!?」
「さあ、帰りましょう、紗由」
「……」
「紗由」
「いや……」
「わがままは言わないで。あなたはもう子どもじゃないでしょう?」
「……いやよ……ここまで来たのに……っ」
 母親が手を伸ばし、紗由の腕を掴む。
「あなたのためなのよ。どうしてわかってくれないの?」
「……っ」
 母親の切実な表情に、紗由は何も言えなくなってしまう。
「紗由さん……」
「……」
 しばらく沈黙が続いた後、はらはらと見守っていた舞菜がひとつ息を吸い、紗由の両親の前に立った。
「あっ、あの、お願いです! わたしたちのステージ、見て行ってください!」
「あなたは…?」
 紗由の母親が舞菜を見る。
 舞菜は問いかけに答えずに話し続けた。
「紗由さん、すごく頑張ってるんです! 見てもらえば、紗由さんがどれだけ本気で、真剣で、夢に向かって真っすぐか、わかってもらえると思うんです! だから…、だから、お願いします!」
 そう言って舞菜は頭を下げた。その姿を見て、紗由の両親が顔を見合わせる。
 紗由も舞菜の勢いに驚いて、舞菜のことを見つめていた。
「舞菜…」
 紗由の声にも振り返らず、舞菜は必死に頭を下げている。
 舞菜のそんな姿を見て、紗由の父親が静かにひとつ頷くと、母親が小さく息を吐いた。
「……見るだけですよ?」
「ありがとうございます!」
 舞菜がもう一度頭を下げると、紗由の両親は会場内へと入って行った。
「よかったあ…。これで紗由さんと一緒に出られる…」
「舞菜…」
 紗由が不安そうな視線を舞菜に向ける。
「紗由さん。わたしも頑張るから、一緒に頑張ろ! 認めてもらえるように!」
「……無理よ。今さらステージを見たからって……」
「紗由さんが難しいって思ってたらいつまでたっても状況は変わらないよ?」
「わ、わかってるけど……でも……」
 と、その時、二人の背後から声がした。
「なに? 棄権するの?」
 えっ、と舞菜たちが振り返ると、そこにいたのは先日吉祥寺で会った二人組だった。
「あっ、オルタンシアの…!」
「紫さんと、陽花さん……」
「あははっ、覚えててくれたんだ。ありがと! いやあ~悪いね。聞こえちゃったよ、月坂さんの事情。随分、親御さんともめてたじゃない」
「この前会ったときは、こんな悩みを抱えてるようには見えなかったので、正直、驚きました…」
「すみません、恥ずかしいところを見せちゃって……」
「まあ、どんな事情があるにせよ、あたしたちには関係ないけどね。あたしたちは思いっきりステージを楽しむだけだから」
「ええ。全力で行かせてもらいます~」
「もちろんです! そうじゃないと困ります!」
 舞菜はオルタンシアの二人に力強く言うと、紗由に向いた。
「ねえ紗由さん。わたしも、オルタンシアの二人みたいに、紗由さんと全力でステージを楽しみたい! だから、お願い…! 一緒に頑張ればきっと大丈夫だよ!」
「舞菜……」
 紗由は相も変わらず気落ちしたままでいた。
 紫がけらけらと笑いだす。
「あはっ、式宮さんはいい感じだね! 相棒がこんなにやる気あるなんて、すごくいいことじゃないか、月坂さん」
「紫さん…」
「月坂さん。事情はお察しいたします。けど、式宮さんがあなたのためにご両親を説得してくれたんです。その気持ちに応えるのが、仲間というものではないですか?」
「そ、それは……」
「紗由さん。今はまだ不安かもしれないけど、ステージに立ったらきっといつもの紗由さんになって、認めてもらえるようなステージにできるよ! だから、行こう!」
 舞菜がもう一度紗由に強く言う。紫と陽花も舞菜の説得を後押しするように見守っている。
「……わかった。やってみる」
「紗由さん! ありがとう!」
 舞菜がぎゅっと紗由に抱き着いた。
「あははっ、これで一件落着~。かな? あとはステージの上でだね!」
「それじゃあ、私たちは会場に行きますね」
「またあとでな~!」
 紫と陽花は互いの手を取りあって走って行ってしまった。
 二人を黙って見送ると、舞菜はぎゅっと紗由の手を握った。
「紗由さん、わたしたちも会場に急ごう!」
「うん…!」
 舞菜が紗由の手を引っ張って走り出す。
 二人は受付時間ぎりぎりのところで会場の中へと入って行った。
 会場の中は既に静まり返っており、二人は急いで控室へと向かった。
 ドアを開ける手前で紗由がひとつ息を吸う。
「大丈夫。舞菜と一緒なら、きっと……」
 不安がまだ少し残る紗由だったが、しっかりと前を見て舞菜と共に控室のドアをくぐった。

 いよいよ準決勝が始まる…!