20th stage!

「文化祭、ミュージカルに決定する」


扉イラスト:和泉つばす 挿絵イラスト:稀星学園高尾校美術部




 放課後。いつものように謡舞踊部の部室にメンバーが集まった。今日は文化祭について話し合うことになっている。
「じつは、文化祭のことなんやけど」
「はい。なんですか? 部長さん」
「ミュージカルをすることになったんよ」
「…え?」
「ミュージカルって、ミュージカルかい?」
「わたしたちが、ですか?」
「そうや」
「って、なんでですか! なんで私たちがミュージカル!?」
 バン! と立ちあがる紗由。
「それが…、演劇部の演目がめちゃくちゃ和物で渋くてね。もう一つ、何か明るくて楽しいのをやらないと、文化祭として堅苦しいって会長が言ってきて……。『長谷川! なんとかしろ!』って言われたのよ」
「そうそう。すごい剣幕やったわあ……。会長さん、おっかないなあ…」
「でも、なんで私たちに……?」
「わたしたち、ミュージカルなんてやったことないですよ?」
「まあ、大方、歌と踊りができるなら、ミュージカルもなんとかなるだろうって思ってるんだろうね」
「でも、歌と踊りができても、私たちには演技力が……」
「…ゼロ」
「うん。そうなんよ。それはわかってるんよ。でもな、うち思ったんよ。演技力を磨けば表現力って上がるんよなあって。だから、やってみるのもええんとちゃうかなって。やし、レッツ・チャレンジ・ミュージカル! これは決定事項やあ~~っ!」
 決定事項やあ……! 決定事項やあ……! と瑞葉の声がこだまする。
 瑞葉は万歳のポーズで止まっていた。
 紗由たちは開いた口が塞がらない、という顔になっている。
「そ、そんな……断らないんですか!?」
「あはは……反論する気……起きなくなっちゃった」
「そんな簡単に受け入れていいの!? 舞菜!」
「うーん。でも、部長さんの言うとおりだと思うし……。紗由さん、演技の練習をするのって、結果的にわたしたちにプラスになるんじゃないかな」
「…一流のアイドルは表情も一流」
「そうだね。元気な曲を元気いっぱい歌うだけならともかく、今後はいろんな曲にチャレンジしていくんだ。演技も経験して、表現力を磨くのは悪いことじゃない」
「みんなそんな簡単に……」
「紗由ちゃーん。頼むわ~。というかもう受けて来ちゃったしぃ~」
 瑞葉は甘えた声で紗由の腕に抱きついた。そして猫なで声を発する。
「な? な?」
「もう……。仕方ないですね。わかりました。そもそも部長が決めてきたことが覆ることなんて今まで一回もなかったんだし。ここは前向きに受け止めて…。文化祭っていう特別なステージを、いつもとはちょっと違う私たちで楽しんでやりましょう!」
「うん! その意気だよ、紗由さん!」
「みんな、ありがとなあ。理解が早くて助かるわ~。実ちゃんも、ほら、泣いて喜んでる」
「えぐえぐ。ありがとみぃ~。ぶっちゃけ会長が怖くて逆らえなかったみぃ~。みいが不甲斐ないばっかりに……でも助かったみぃ~」
 みいはハンカチ片手に喜びの涙を流していた。
 ははは、と苦笑いする舞菜たち。
「みい先輩は演技なんて勉強しなくても既に十分演技力があるわね」
「…しかもプロ並に」
「な…っ!? 紗由~っ、かえ~っ! それどういう意味だみぃ!」
 パッと涙を止め、紗由とかえに食ってかかるみい。
「…そ、そのままの意味」
「そうそう! 褒めてるんですよ!?」
「ほんとかみぃ? じゃあそう言うみぃ! まったくもうみぃ~っ!」
「はははっ、怒りの演技もパーフェクトだね、副会長」
「ほな、ミュージカルでOKってことで、みんなよろしくな~」
「「「はい!」」」
「演目はどうしますか? 今から準備するならメジャーなのがいいですよね?」
 と言いながら舞菜がカレンダーを見ると、文化祭までは二週間を切っていた。
「そうやなあ。セリフがすぐ覚えられるように、有名なやつやとやりやすいなあ」
「有名な作品かあ……なんだろう。ボクは逆にあまり詳しくなくてね…」
「うーん…。サウンド・オブ・ミュージックとか、オペラ座の怪人とかはどうですか?」
「舞菜、どっちも私たちのイメージに合わない気がするわ…」
「…うん。大人っぽすぎる」
「もっとシンプルで、誰でも知ってて、明るくて元気になるようなやつがええかもなあ。もちろん6人でできて」
 なんだろう…と考え込む6人。
 そこに、
「あの…!」
 と、舞菜がハッとして手を挙げた。
「どうぞ、舞菜ちゃん」
「『ピーターパン』ならどうですか? お話もみんな知ってますし、見せ場もたくさんあって、何よりファンタジーで冒険で空を飛んで、わくわくします…!」
 舞菜が目を輝かせて言う。
 一同は聞きながら無言でうなずいた。
「うん。ええと思うわ、うち、『ピーターパン』賛成や」
「みいも賛成みぃ!」
「ボクも」
「…かえも」
「私も!」
 全員が舞菜に同意を示した。
 こうしてKiRaReの初のミュージカルが『ピーターパンの冒険』に決定した。



 演目が決まってからというもの、KiRaReの六人は準備で大忙しになった。
 それぞれの担当に分かれ、練習を始めるまでの下準備に毎日追われている。
 今日も舞菜と紗由は放課後の教室に残って台本の打ち合わせをしていた。
「台本はわたしと紗由さんが担当で、道具や音響関係は香澄さんとかえちゃん、衣装は部長さんとみい先輩……。みんなそれぞれ大変だね」
「ほんとね……。やっぱりあっさり引き受けるものじゃなかったのかも……。この台本も、生徒会から上演時間が指定されて、そこに収まるように話を組み立て直さないとだし…」
「紗由さんはそういうの得意そうだけどね」
「えっ、そう…?」
「うん。だって、書いてきてくれた下書きを読んだけど、ちゃんと短く構成し直されてて、上手だな~って思ったよ」
「え~、やだあ。読書好きの舞菜にそう言ってもらえると安心するわね~」
 まんざらでもないという感じで紗由が嬉しそうに言う。
「そうだ。お気に入りのシーンはね、ここ。ウェンディが自作の詩を謳いあげるところ。オリジナルにはないシーンだし、紗由さんらしくていいアレンジだなって思ったよ」
「ふふ。ありがとう。やっぱりネバーランドに着いたら、詩くらい詠まなきゃねって思って」
「うん。さっすが紗由さん!」
 あははははは!
 しかし、二人の笑い声をかき消すように、イナズマが落ちてくる。



「…やらないから」
「きゃっ!」
「かえ!? いたの!?」
「…ポエムなんてやらないから。ただでさえ歌う必要があるミュージカル。ポエムの出る尺なんか一秒もない。わかってるよね?」
「で、でも、ネバーランドに着いたら詩のひとつやふたつやみっつやよっつ…」
「…ない。ウェンディは痛ポエムなんか詠まない」
「痛ポエム…!?」
「かえちゃん、ダメだよ。こんなに斬新でどこにもないポエムを痛いだなんて…」
「…舞菜は麻痺してるの。痛ポエムの洗礼を浴び過ぎて。…とにかく、やらないから。最悪書いてもいいけど、読ませないから。わかった?」
「か、かえのオニ~」
 紗由がすごすごとポエムのくだりを消していく。
「もったいないなあ…。今回の詩も傑作だったのに」
「…甘やかさない。舞菜がそんなだからこの子はどんどんポエムを増やしてく」
 かえが台本上のポエムのくだりをピックアップして指摘した。その数なんと、30篇。
「…いらない。こんなにポエムいらない。そんなにポエムを披露したいなら、個人活動で出展して、どうぞ」
「はいぃぃ…」
 かえの厳しいチェックのもと、舞菜と紗由は台本を仕上げていった。

 そして数日後。
「台本も出来上がったことやし、今日は配役を決めようか~」
「はいはいはいはいはーい! みいはウェンディがやりたいみぃ!」
「却下やで、実ちゃん」
「なんでよ!」
「なんでもやで、実ちゃん」
「なんでよー!」
「あんな、実ちゃん。うちはもう考えてきたプランがあるんよ。台本を書いてきてくれたんは舞菜ちゃんと紗由ちゃんや。二人にメインどころをやってもらったらええんとちゃうかなって思ってる」
「「えっ!」」
 舞菜と紗由が同時に声をあげる。
「わ、わたしたちが、ですか?」
「ぜんぜんそのつもりじゃなかったんですけど…!」
「だって、書いてきた本人たちが役をようわかってるやん? それに、うちらは他にも仕事の担当分があるからな。出番が少ない方が負担が平等や」
「それは……そうかもしれませんが。いいんですか? 部長たちにとったら、この部でやる最初で最後のミュージカルかもしれないのに」
「ええのええの」
「よくなーい! みいはウェンディやりたいみぃ!」
「だまらっしゃいやで、実ちゃん」
「ボクも部長に賛成だね」
「…かえも」
「え~っ!」
 不平の声をあげるみい。
「ほな、全員一致でピーターパンとウェンディは舞菜ちゃんと紗由ちゃんな」
「わ、わかりました…。でも、ウェンデイは紗由さんで…!」
「えええええっ! ひゃあ~…今から緊張してきちゃった…!」
「もう、仕方ないわね! 頑張りなさいよね、舞菜も紗由も!」
 みいが二人に喝を入れる。
「はい…!」
「で、他の役やけど、くじ引き作ってきたから、残りはみんなで引いて決めよ~か」
「了解」
「…楽しみ」
「あーあ。結局くじかみぃ」
 瑞葉が4本のくじを持って香澄、かえ、みいに見せた。
 それぞれ一本ずつ引く。
 結果、
「ボクはタイガーリリーだったよ」
「…かえはウェンディの弟。ジョン。ポエムを詠まないように見張りも兼任」
「うちはフック船長やったわ。よっしゃ。七つの海を制覇するで~」
「ええ~っ。部長がフック船長? …なんだか、なっちゃいけない人がなったような…」
「なんでやのー。ぴったりやん。謡舞踊部っていう船を舵取りしてるんやから~」
「ってことは残りはティンカーベルみぃ!? やったあ! みいにぴったりの役だみぃ!」
 と、くじを見るみい。しかし、
「って、なんでワニなんだみぃ!」
「ティンカーベルは照明でやるので…」
「えええ~っ!? ワニなんてほとんど着ぐるみみぃ!! いやだみぃ~~~っ!!!」

 配役を無事に(?)決めた六人はそれぞれセリフの練習へと入っていった。
 それと同時進行で、大道具、小道具、背景、照明、音響、衣装と準備を進めていく。
 ときどき演劇部にアドバイスをもらいながら、なんとか形にしていく六人。
 歌も練習し、演技も毎日試行錯誤を重ねた。
 そんな大忙しの日々が慌ただしく過ぎていき、文化祭まであと三日となった――。

「セリフも覚えたし、歌も覚えたし、演技もなんとかそれなりにこなしてる。けど……」
「衣装づくりがぜんっっっっぜん終わらないみぃ……!!」
「みい先輩、あとは何を急がなきゃいけないんですか?」
「フック船長と、ワニがぜんぜん終わってないみぃ……」
「って、先輩たちのじゃないですか!」
「やっぱり船長かあ……。一番派手だもんね……」
「ワニも大きいからね。しかも着ぐるみだ。難易度が高いな……」
「…いっそのこと、本物を捕まえてくるとか」
「ナイスアイディアだね、プリンセス」
「それをそのあとどうするつもりなのよ! 言ってごらんみぃ、かえ!」
「…さーせん」
「引き際もナイスだね、プリンセス」
「はあ…。どうすりゃいいみぃ。このままだと会長に怒られるみぃ!」
「まあまあ。嘆いてないで。とにかく手を動かすんや、実ちゃん」
「遅れてるのは瑞葉にも責任あるんだみぃ! わかってるのかみぃ!?」
「そやったっけ?」
 みいが瑞葉の頭を拳でぐりぐり押し始めた。
「思い出させてあげるみぃ…。一緒に材料を買いに行った日、デザイン画をあげてくるって言ってたにも関わらず、へのへのもへじみたいな絵を描いてきて、それで買い出しに行こうって言ってきたのはどこの誰だみぃ…っ! そこからデザインやり直して、時間が大幅にロスしたみぃ!」
「いたたた……。み、実ちゃんかて、ワニの絵おかしかったやんか。あれはどう見てもヤモリやったわ」
「ワニだみぃ!」
「イモリやったわー」
「ヤモリだったみぃ! ……ってあれ!? 何を言わせるんだみぃ!」
「もうどっちでもええわー。ワニに見えへんかったんは変わらんしー」
「へのへのもへじが偉そうに言うなみぃ~~~っ!」
「ちょっとちょっと、先輩たち。下手な絵の罵りあいはやめてくださいよ! いくらどんぐりの背比べをしても、みっともないだけですからね!」
「下手とは何よ下手とはー!」
「そうやで紗由ちゃん。うちらの絵を見たみたいに言うて~」
「でも、そうだったんでしょ?」
「まあそうだけど! 覚えときなさいよ、紗由!」
「うちらの絵を馬鹿にした罪は重いで!」
「…ちょっと紗由。紗由のせいで二人のやる気がまた落ちる」
「えっ!?」
「あーあ、お菓子食べなきゃやってらんないみぃ」
「せやせや。休憩しよ、実ちゃん」
「「はあーあ」」
 と、脇で茶をすする三年ズ。
「…ほら。反省しなさい、紗由」
「ええ~っ!? なんで私のせいなのよ~!」
「あはは…」
 舞菜が苦笑いをした。舞菜はピーターパンの衣装で手が埋まっていた。
 三年生をよそに、みんなそれぞれ自分の役の衣装をちくちくちくちく縫っていく。
 衣装制作上、一番シンプルなタイガーリリー役の香澄だけ作業がほとんど終わっていた。
「このまま手伝ってあげたいけれど、ボクたちも他に準備するものがあるからね…」
「いいんですよ、香澄さん。悪いのは部長たちなんですから。音響と照明、お願いしますね。悪いのは部長たちなんですから」
「紗由ちゃんがなんか言うてくるー。どうしよ実ちゃんー」
「そうだみぃ! いいこと思いついたみぃ! みんな! 今日から合宿するみぃ! 本番までずっっっっと衣装づくりして、学校に泊まるみぃ!」
「は」
「…え」
「が、合宿、ですか…?」
「長谷川実の名において、生徒会権限で許可します!」
「「「えええええ~っ!?」」」



 その晩からみいが宣言した通り、衣装づくりのために謡舞踊部の6人は学校に泊まっていた。遅れているのはフック船長の衣装とみいが着るはずのワニの着ぐるみ。
 ワニの方はみいが扇動して香澄、かえが手伝うことになり、船長は舞菜、紗由、瑞葉でやることになった。
「ジャケットにブーツにたくさんの羽根飾りに……」
「ほとんど終わってないじゃない~! 今まで何してたのよ、部長は!」
「とにかくやるしかないね、紗由さん。頑張ろう!」
「舞菜は偉いわね。私なら部長にこの針山を投げつけてるわっ」
 紗由は文句を言いながらも手元は針を進めていた。
 一方でみいも根をあげ始める。
「ああもう! ワニの身体大きすぎだみぃ! 縫っても縫っても終わらないみぃ!」
「まあまあ。ワニはラストの見せ場でもあるからね。ビッグかつスペシャルなサイズでオーディエンスの度肝をぶち抜くんだ!」
「…ていうか、目立ちたいからって大きく設計したのはみい先輩」
「わかってるわよ! いちいち言わなくてよろしい! ……ていうか、瑞葉がまだ来てないじゃない! どこに行ったみぃ!?」
「みんなー。お待たせやで~」
 ドアを開けて瑞葉が入ってくる。
「ちょっと! 瑞葉! 遅かったじゃないの!」
「もー。何してたんですか、部長!」
「じつはな、うち、ぱっかーんって閃いてな、こんな方々をお連れしました~」
「やっほー! 手伝いに来たよ! あはははは!」
「みなさん、お邪魔します~」
 そう言って入ってきたのはオルタンシアの二人だった。
「陽花さんに、紫さん! えっ、どうして?」
「いやー、部長さんから連絡が来てねー、事情を聴いたら楽しそうなことしてるって言うじゃない。それで、ミシンなら任せろってことで手伝いに来たんだよ! あはははは!」
「羨ましいです、KiRaReのみなさん。うちの中学は文化祭がすごくすごくすごーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーく地味で。展示しかやらないんです。だから、演劇とか憧れなの。手伝わせてくださいな」
「…どこまで地味なの」
「気になっちゃったね…」
「本当にいいんですか? 陽花さん。うちの部長に弱みとか握られてるんじゃあ…」
「なんよ紗由ちゃん。ひどいなあ。うちのことなんやと思ってるのー」
「ええ。大丈夫ですよ、月坂さん。弱みなんて一切バレてません」
 うふふ、と笑う陽花。
「それに、うちな、前から思ってたんよ。オルタンシアの二人の衣装、手作りのはずやのに売り物のような仕上がり、素晴らしいわあ…! って」
「確かに。最近はコスプレ文化が流行っていて、既製品の衣装もたくさん売っている。あれらと遜色ない出来栄えがオルタンシアの衣装からは感じられるね」
「で、どうしてるん? って聞いたら、陽花ちゃんがミシンが得意って言うやないの。それで、これはと思って声をかけさせてもらったってことや。ぶっちゃけフック船長のひらひらブラウスを作るなんて、地球が回転止めちゃうレベルでうちには到底無理やから、陽花ちゃんにやってもらえたら万々歳やなーってとこや~」
「…最後に本音が出た」
「ほんっとにうちの部長は……。やめるなら今ですよ、陽花さん。せっかくの休日をこの人に奉仕するなんてもったいないです!」
「いえいえ、いいんですよ、月坂さん。さきほども言ったとおり、私たちもこういうのやってみたかったので」
「そうそう! 気にしない、気にしない。やるのは陽花だけど。あはははは!」
「まあまあ、二人がやってくれるって言ってるんだから、ここはお願いしちゃうみぃ!」
「みい先輩まで……。本当にいいのかなあ……。でも、わかりました。お二人もなんだか乗り気みたいだし……。よろしくお願いします!」
 紗由は二人に軽く頭を下げた。
 瑞葉が言っていたとおり、陽花はミシンの扱いがうまく、次々とブラウスのレース部分を完成させていった。そして今、シャツに縫い付けている。
「すっごーい。陽花さん。手際もよくて、ミシンのスペシャリストだったんですね…!」
「神業をたくさん見させてもらったよ。今度、ボクにも教えてほしい」
「そんな、これくらい練習すれば誰だってできますよ。うちの家、世代がいっぱいいるでしょう? だから小さい頃からおばあちゃんに裁縫を教えてもらうことが多くて」
「うんうん。陽花は針も得意だよな! あはははは! ちなみにあたしは何にもできない! あはははは!」
「…とことんイメージ通りの二人である」
「まあ、それは、私がこうして縫い物が好きになったから、紫ちゃんの分も私が作るようになったせいもあるじゃない」
「そうだっけ? そうだったかもな! あはははは!」
「いろんな意味でお家の環境が陽花さんを裁縫上手にしたんですね」
 舞菜が感心して言った。
「でも、衣装を創るにはやっぱりミシンの方が早いから、それでミシンを覚えるようになったんです。今では私服もアレンジしたりするんですよ。紫ちゃんとお揃いで買った服を、ちょっとだけそれぞれ変化をつけるんです。自分たちでアレンジすると愛着もわいて楽しいんですよ~」
 陽花はミシンを進めながらそんなことを話した。確かによく見ると、今日の私服も少しだけアレンジがされている。お揃いのTシャツに見えたが、陽花のは左肩にリボンを、紫のは右肩にリボンを縫い付けてあった。
「すごいなあ、伊津村家。歳が近い家族がいるって楽しそう」
「…うん。いろいろと便利そう」
「ちゃんと聞いてた? かえ」
「とまあ、陽花のミシン技はわかってもらったと思うけど。あたしもちょっとは何かできるからさ。何すればいい?」
「じゃあワニを何卒! うろこを縫い付けてる間、形が崩れないよう、着ててほしいみぃ!」
「了解! 着てるだけでいいの? 楽だな~。あはははは!」

 こうしてオルタンシアの力も借りて、準備に勤しんだKiRaReの六人は、週末をわいわいと合宿しながら過ごし、あっという間に文化祭前日の夜になった。
「か、か、完成したみぃ!」
「紫さん、陽花さんのおかげで、なんとか間に合いました!」
「あはははは! お役に立てて何よりだよ」
「じゃああとはリハーサルだけですね。私たち、みなさんの演技も見ますから、練習してはどうですか?」
「えっ。そこまでしてもらっちゃっていいんですか?」
「もちろん。ぜひ!」
「いくら普段、アイドルの練習でステージ慣れをしていても、ミュージカルはまた別だしな。厳しく指導させてもらうぞ~! あはははは!」
 そうして六人はオルタンシアの監督の下、リハーサルを始めた。
 セリフも歌ももう完璧に入っており、細かいところの確認が中心だ。
 しかし、
「あーっ、ダメダメ! 泣きの演技はもっとこう!」
「女優泣きって知ってますか? 膝をついて、両手もついて、そして泣くんです。これが感動の瞬間なんです! さあ、やって!」
 意外と? イメージ通り? オルタンシアは演技にもうるさかった。



 そして翌日。文化祭の日。
 それぞれ準備を済ませ、舞菜たちは舞台袖に来ていた。
「うーーー。うーーーーーー。うーーーーーーーーーーー」
「どうしたの舞菜。消防車みたいに唸って」
「えっ。わたし、何か言ってた?」
「うん。うーうー唸ってたわよ。まさか無意識!?」
「ぜんぜん気づいてなかったよ~。どうしよ~。緊張しちゃって自分がわからない」
「平常心よ、平常心。いままでたくさん練習してきたでしょ? あの時の自分を思い出して。自信を持って!」
「そ、そそそ、そうだよね! ミュージカルなんて、所詮、歌って踊ってセリフ言って、笑って泣いて、演技するだけだよね! ……ってそれが緊張するんだよ~!」
「二人とも。準備はいいかい? もうすぐ本番だ」
「…こっちは準備ばっちり。あとは出るだけ」
「香澄さん、かえ。二人が音響と照明だなんて、すっごく安心だわ。今日はよろしくね」
「…任せて」
「そういえば、みい先輩と部長は…?」
 紗由が舞台袖の周辺をきょろきょろと見る。
「二人とも着替えに時間がかかるからって、みんなより集合時間が早かったはずだよ」
「…さっきワニがもぞもぞ動いてるところは見た」
「そう。じゃあ大丈夫ね。二人とも出番はオープニングのあとだから、ゆっくり準備してもらいましょう」
 紗由たちがそんなことを話している間に、演劇部の演目が終わった。いよいよ謡舞踊部の番だ。
「よし。行くわよ、舞菜!」
「うーーーーー! ……じゃない。うん!」
 紗由は舞台の準備を終えると、最初のシーンの位置へと着いた。
『ピーターパン』はウェンディが弟を寝かしつけようとするところから始まる。
 かえと共にスタンバイし、幕が上がるのを待つ紗由。
「…ドキドキするね」
「舞台なんて慣れたものだわって思ってたけど、何回立ってもダメね」
 かえと小声で話す紗由。二人とも刻々とその時を待つ。
 舞台袖を見ると、出番を待つ舞菜が相変わらず緊張したままの様子だった。
 そんな舞菜に紗由はウインクをして見せる。舞菜も手を振って応えた。

 そして、ついに。幕が上がった。
 紗由は一つ息を呑むと、ふう、と吐いて歌い始める。
「眠れよ眠れ~。弟よ~。もう眠る時間なのだから~」
 幕があがると、緊張はいいものに変わり、紗由は舞台に集中できた。
 ウェンディが弟を寝かしつけると、そこにピーターパンがやって来る。そして、妖精の粉をかけ、空へと飛んでネバーランドへ行く。……それが『ピーターパンの冒険』だ。
 紗由は舞台上で一曲目を歌い終えると、ピーターパンの出番を待った。
(さ、舞菜。あなたの番よ…)
 紗由が期待の眼差しでピーターパンが現れる方を見た。
 しかし、そこにやって来たのは予定外の人物だった。
「ふふっ、お待たせしたわね、ウェンディ。私の名前はキャプテン・フック。ネバーランドへからやって来た、夢の国の海賊よ」
 舞台袖からも舞菜が驚いて口をぽかんと開けていた。
 フック船長が現れた、ということよりも、舞菜も紗由も別のことに驚いていた。なぜなら、そのフック船長は、瑞葉ではなく……舞菜の姉、そして、ステラマリスのリーダー、式宮碧音だったのだ。
「ななな、なんで碧音さんがここに!?」
 一同の驚きもかわし、ちっちっち、と紗由の目の前にいるフック船長の格好をした碧音が指を口元にあてる。
「今はその名前じゃないでしょう? さあ始めましょう、ネバーランドの冒険を!」
 そう言うとフック船長の格好した碧音は紗由に向かってウインクをした。
 紗由が目の端で見たかえも口をあんぐりと開けている。
(ど、ど、どうなってるの!? どうするのこれ! というか部長は!?)
 紗由が混乱の視線をかえや舞菜に送ると、二人もふるふると首を小刻みに振るだけだった。
 ただ、碧音だけが悠然と舞台の上に立っている。
 そして、紗由たちの大混乱をよそに、会場中のお客さんも見たことのない『ピーターパン』に釘づけになっていた。