2nd stage!

「舞菜、入部する」


扉イラスト&挿絵イラスト:和泉つばす




 転校の翌日。
 式宮舞菜は昨日の戸惑いを引きずったまま、学園に登校した。
「人前で歌ったり踊ったりするなんて、二度としないつもりだったのに……。でも、月坂紗由さんって凄い人だったなぁ…」
 席に座ってぼんやりと考え込んでいた舞菜に、背後から声がかかる。
「…そこ、かえの席……」
「あっ! ご、ごめんなさいっ! 間違えちゃって!」
 考え事をしていたせいで、昨日教わった席の隣に座ってしまっていたらしい。慌てて本当の席に移ると、声をかけた少女は返事もせずに自分の席に座った。
(そういえば昨日は、隣の席には誰も来てなかったような…)
 隣に座っていた少女はなぜかぬいぐるみをずっと抱いて、ぶつぶつと独り言をつぶやいていたが、何かに気づいたのか、再び舞菜をじっと見つめた。
「…誰?」
「あっ! わたし式宮舞菜っていいます。実は昨日転校してきたばっかりで…」
「…かえは、かえ。ひいらぎかえ…」
 そう名乗った少女は、鞄からゴーグルのようなものを取り出すと自分の目にかけて、舞菜を見つめた。しばらく目を細めていた後、ポツリという。
「…IPP500… ミジンコね」
「あいぴーぴー?」
 キョトンとして問いかける舞菜。
 だが、かえは舞菜に興味を失ったらしい。ゴーグルを外すと二度と返事をしなかった。
 一時間目の出欠が終わると、かえは席を立ち、
「具合悪い…。保健室で、寝ます…」
 そう言って教室を出ていってしまった。



 結局、柊かえは放課後まで教室に戻ってこなかった。
(柊さん、もしかして昨日もずっと保健室だったのかな…)
 考え事をしながら歩いていて気が付くと、舞菜は文化部の部室棟前に来ていた。
「結局またここに来ちゃった…。ううん。迷ってても仕方ない。このまま部室に行って、ちゃんと断ろう」
 昨日と同じように何度も迷いながら、なんとか部室棟の奥の奥、謡舞踊部のあった場所にたどり着く舞菜。
「あれ? 市杵島先輩と…月坂さん?」
「ああ舞菜ちゃん、いらっしゃい」
 瑞葉と紗由の二人は、部室の外に立っていた。部室の扉には黄色いテープが何重にも貼られていて、中に入れなくなっている。
「いやー、やられたわー。生徒会や」
「生徒会?? どうして???」
「謡舞踊部の廃部を検討するので、生徒会室に来るように通告されてたの。部長が呼び出しを無視していたら、強制的に部室に入れないようにしてきたみたい」
 紗由が指差した黄色いテープにはご丁寧に『KEEP OUT』の文字がある。
「そんなっ! いくら生徒会でも強引すぎます!」
「まあ、しゃーないなあ」
 瑞葉はコロコロと笑って言う。
「今呼び出されたら、部員も活動実績も無しで廃部確定やから時間稼ぎしてたんやけど。これ、たぶん副会長の長谷川実はせがわ みのりの仕業やな。さすがは生徒会一の廃部急進派やわ」>
「副会長さんって…確か、わたしを案内してくれた…」
 舞菜は、昨日会った副会長の真面目そうな表情を思い起こす。
「そういえば、確か部活動統括委員をしてるって言ってたような…」
「ええ。学園の部活の全てを取りまとめている重要な役職です。あの副会長に睨まれてしまったとなると…」
 ため息をつく紗由。
「ところで舞菜ちゃん、ここに来てくれたってことは、入部してくれる気になったん?」
「あ、いえ。その…」
 思わず口ごもる舞菜。入部を断りに来たつもりだったが、この騒動を目の前にして、言い出す機会を失ってしまっていた。
「ええよええよ」
 瑞葉はそんな舞菜を見て微笑む。
「まあ、この部室が使えるようになるまで、第二部室のほうを使うことにしとこか」
「第二部室?」
「なんですかそれは!?」
 舞菜と同時に紗由も驚きの声をあげた。
「あれ、紗由ちゃんにも教えてなかったっけか? ちょうどええわ。今から案内するから、ついておいで~~」
 瑞葉はそう言って再び微笑んだ。



「まさか、第二部室って…?」
「ここのことですか…?」
 呆然としている舞菜と紗由。
 学園を出て、駅近くの雑居ビルのエレベーターを降りた二人と瑞葉の目の前には、ミニスカートのメイド服を着たメイドさんが数名、ニッコリ微笑んで立っていた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「いやー、久しぶりやなー。みんな、相変わらず可愛いわあ~」
「部長、私たち、第二部室に来るって言ってませんでした?」
 瑞葉を問い詰める紗由。
「そやから、ここが第二部室やって…」
「ここはメイド喫茶ですよね?」
「うん。そやから、ここがメイド喫茶で第二部室なんよ」
「意味がわかりません」
「ビックリしたやろ?」
「ビックリしました。東京の端っこのこんな駅前にもメイド喫茶があったんですねー」
 口を開いて、キョロキョロと見回している舞菜。
「ちょっと式宮さん! そこに突っ込んでる場合じゃないから!」
 入り口で騒いでいるのを聞きつけたのか、中からロングスカートのメイド服を着た、少し年上のメイド長らしき人が現れた。
「あら、市杵島のお嬢様、お久しぶりです」
 メイド長は瑞葉に向かって深々と一礼する。
「久しぶりやなー。今日はちょっと部活の場所に困っててな。それでここを使わせてもらえんかなと思って」
「承知いたしました。こちらでよければ、ご自由にお使いください」
 またも深々と頭を下げるメイド長。
「ただし、皆さまは中学生ですので、バイト扱いとは参りません。部活動の一環としてこちらを体験見学中とさせていただきます。よろしいですか?」
「了解や。なあ、紗由ちゃん、舞菜ちゃん?」
 二人に向かって笑いかける瑞葉。

「部長さんって、一体何者なんでしょうか?」
「芸能関係で有名な神社の巫女さんの家系だと聞いたわ。そういう分野では、知らない人がいないくらいの神社なんだって」
「それでメイド喫茶にも顔が利くんでしょうか?」
「わからない。でも、ここを自由に使っていいって言ってた」
「確かにお店には音響設備もあるみたいでしたけど…」
「でも、体験見学者として使わせてもらうには、これを着ないとダメなのよね……」
 舞菜と紗由がいるのはメイド喫茶の更衣室。中には店員用のメイド服がずらりと並んでいる。どれもがカラフルな色合いの、ミニスカートのメイド服ばかり。
「わたし、今までこんな服着たことないんです…」
 戸惑う舞菜。
「私だって、着たことなんてないよ」
「やっぱり、そうですよね…」
「でも私…、こんなところで立ち止まってるわけにはいかないわ」
「え?」
「私、アイドルになるのが子供の頃からの夢なんだ」
真剣な表情でそう告げる紗由。
「謡舞踊部の活動を成功させて、そしていつか必ずアイドルになるって、ずっとそう決めてるから!」
 強い決意を秘めた表情でそう言うと、紗由は着ていた制服を脱ぎ捨てて、メイド服に着替えていった。
「あ…!」
 舞菜の目の前には、メイド服を身に着けた紗由が立っている。すらりとした手足の紗由のメイド服姿は、さっき入り口で見たどのメイドさんたちよりも似合って見える。
「な、何をじっと見てるのよ!」
「あの…、月坂さんがあんまり綺麗なので、見とれてました」
「変なこと言わないで!」
 思わず身体を隠す紗由。
「それで式宮さん、あなたはどうするの? このまま帰る?」
「あ、あの…」
 眩しいものでも見るような表情で、紗由を見ている舞菜。
「わ、わたし、月坂さんみたいに、スタイル良くない、から…」
「あなただってスタイルいいでしょ!」
 紗由は顔を赤くしながら、並んだ衣装を次々と見ていくと、一着を選び出した。
「これ! あなたにピッタリのはずよ」
 それは水色を基調として、胸のあたりに飾りのついた可愛いメイド服だった。
 舞菜はそれを受け取ると、じっと眺める。
「月坂さんが、わたしのために選んでくれた服…」
「もう… さっさと着替えなさいっ」

 舞菜と紗由がメイド服に着替えて店に出てくると、店内の視線が二人に集中した。
「いやー、二人ともよう似合うてるわー。次から指名してもええ?」
 どこかのおじさんのような喋り方で現れた瑞葉は、相変わらずの和服のままだった。
「先輩だけメイド服じゃないんですか?」
「うちはステージ使わへんしなー」
 そう言って瑞葉が指差した先には、小さなステージがあった。メイドさんがここで簡単なイベントを行ったりするようで、一応マイクまであった。
「さあ、二人ともステージ上がってー」
 押し出されるように、ステージに登る紗由。だが、そのすぐ後ろで舞菜が、ステージの手前で立ち止まり、ブルブルと震えだした。
「式宮さん大丈夫? 顔が青いよ」
「う、うん。だ、大丈夫…」
 そう答えた舞菜だが、どう見ても大丈夫な様子に見えない。
「なんか、誰かに見られてるのかって思うと緊張しちゃって…」
 紗由があたりを見回すと、席にはほんの2、3人しかいなかった。今はむしろ店員のメイドさんのほうが数が多かった。
「誰かって、まだほとんどお客さんもいないよ。ほら?」
「でも…」
 舞菜の震えは大きくなり、顔色もさっきとは別人のように青くなっている。
 それは昨日、紗由の前で見事な歌と踊りを披露した時とは別人のようだった。
「……わたし、やっぱりできな…?」
 その時、舞菜の目の前に紗由の手が伸びていた。
「月坂…さん?」
「ほら、私の手を握って」
「ん…」
 思わずその手を握り返す舞菜。
「大丈夫、来て」
 その手に引かれて、舞菜はステージに立った。ほんの小さな段差を乗り越えた後、舞菜のさっきまでの震えは止まっていた。



「音楽、スタートします」
 メイド長の言葉と続いて、昨日と同じ歌のイントロが始まる。
 紗由が隣を見ると、舞菜も歌に合わせてリズムを取り始めていた――

 ステージが終わると、周りからはパラパラと拍手が起きた。
 相変わらず人はほとんどいなかったが、お客さんも店員もみんな、二人の歌と踊りに魅入っていたようだった。
(やっぱりこの子、凄い…!)
 踊りを終えた紗由は舞菜を見つめた。昨日は偶然かと疑った舞菜の歌と踊りは本物だった。紗由は気が付けばその舞菜に引っ張られるように、今まで以上のパフォーマンスを引き出されていた。



 メイド喫茶からの帰り道、舞菜はポツリと紗由に話し出した。
「……ありがとうございます、月坂さん」
「え?」
「わたし、もう二度と、人前で歌ったり踊ったりしない。そう決めてたんです」
「そんな・・・っ」
「この学園に来たのも、そういうのを諦めるためでした。今日だって、本当は部活のこと、断ろうかなって迷ってたんです。でも…」
 立ち止まる舞菜。
「月坂さんと部長さんに出会ってから、わたしの中に、歌いたい、踊りたいって気持ちが湧いてきて… もう諦めたつもりだった、アイドルになりたいって夢が、抑えられなくなってきたんです…」
 気が付くと舞菜は、隣にいた紗由の手を握っていた。
「し、式宮さん…?」
「真っ直ぐにアイドルを目指すって話す月坂さんを、素晴らしいって思ったんです! わたしも一緒にやりたいって!」
 キラキラと輝く純粋な子供のような目。紗由の知っていた、いつも少しオドオドとしている舞菜とは一瞬別人のようだった。
「わたし、月坂さんと一緒に夢が見たい。わたしも謡舞踊部でがんばっていいですか?」
 紗由は思わず、舞菜の手を強く握り返していた。
「もちろんよ。歓迎します、式宮さん」
 それから二人は互いの顔を見交わしてくすりと笑う。
「月坂さん式宮さんって、なんか他人行儀ですね」
「私は紗由。紗由でいいわ」
「はい! わたしも舞菜って呼んでください」
「……舞菜」
「はい、紗由さん」
「あ、それずるい。私だけ呼び捨てしてるじゃない。同級生なのに」
「いいんです。一番最初に出た言葉が、きっと一番自然だから」
「私のことも紗由って呼び捨てでいいから!」
「紗由さんがいいんです」
 初夏の夕暮れの道に、二人の楽しそうな声が響いていた――



 メイド喫茶に残った瑞葉のテーブルには、一枚の調査票が置かれていた。
「式宮舞菜、本年4月、稀星学園本校入学、そして5月、高尾校に転校…」
 向かいに座ったメイド長がその調査票を読み上げた。
「稀星学園本校は、芸能学校として全国トップクラス。そして前回の全国中学アイドル部選手権、通称プリズムステージで優勝したのも、本校のグループ、『ステラマリス』やった。その『ステラマリス』のリーダーやったのが…」
 調査票の下には美しいステージ衣装を着た少女の写真があった。
式宮碧音しきみや あおね… たぶん、舞菜ちゃんのお姉さんや…」
 瑞葉の顔に、いつの間にか不敵な笑みが浮かんでいた。
「理由はわからへん。けど、面白うなってきた。謡舞踊部の廃部を回避するための実績作り、見えて来たわ…」
「月坂紗由、式宮舞菜、あの子たちでアイドルユニットを結成して、今年の夢の祭典、プリズムステージで優勝させてもらいましょ」