3rd stage!

「かえ、夢を語る」


扉イラスト&挿絵イラスト:和泉つばす




「あ、あなたたちが、プリズムステージに出場するですって!?」
 生徒会室に長谷川実の声が響いた。
 昼休み。謡舞踊部の三人は長谷川実に会いに来ていた。部は活動を止められたままで、舞菜、紗由、瑞葉の三人はその取り消しを実に頼みに来ていたのだった。
「部長、そんなこといつの間に決めたんですか? 私、あの大会に出るなんて、初めて聞いたんですけど」
「そらそうやわあ。昨日の夜決めたんやもん」
「プ、プリズムステージって…あの大会の…?」
「そうや。プリズムステージ…アイドルを目指す中学生みんなの憧れの大会。優勝すればプロへの道も開けるし、実ちゃんの言う実績作りも叶って万々歳やね」
 そんな瑞葉の言葉を遮るように、実が机を勢いよく叩いて立ち上がった。
「長・谷・川です。勝手に名前で呼ばないでください。廃部になりそうだからって、実績作りにアイドル活動をしようなんて、いい加減すぎませんか? それに、あの大会が出るだけでもどれだけ大変か知ってるんですか? 全国から何千というグループがエントリーするんです。あなたたちみたいなできたばかりのグループなんか、音源審査も通りませんよ!」
「え~、なんや実ちゃん、プリズムステージのこと詳しいんやねえ」
「き、聞いたことがあるだけみぃ! っ……です」
「みぃ???」
 瑞葉、舞菜、紗由の三人がぽかんと実を見つめ返した。
「な、何でもありません! とにかく、五人いなければ部は正式に認められません。近いうち部室も明け渡してもらいます。話は以上です!」
 実はそう言うと、瑞葉たち三人をドアまで押しやり、生徒会室から追い出した。



「プリズム…ステージ…かあ…」
 舞菜がため息とともに憂鬱そうにつぶやいた。放課後になり、舞菜は教室で紗由と共にあと二人の部員を集めるための作戦を話し合っていた。
「びっくりしたわよねえ。でも、私は夢がアイドルになることだから、プリズムステージは本望よ。気合が入るわ」
「ほんとにすごいなあ、紗由さんは。夢も気持ちもしっかりしていて…」
 舞菜は紗由のことを感心して見つめた。その視線に紗由の頬が赤くなる。
「もう。これくらいアイドルを目指すなら普通でしょ? 気持ちが強くないと、ステージの上に立つことなんてできないわよ?」
「うん…、そうだよね」
「でも、まずは部員の数をなんとかしないといけないのよね…。はあ…どこかに真剣にアイドルになりたい人っていないかしら…。プリズムステージを一緒に目指してくれるような…」
 と言って、紗由は「ん?」と視線を宙にやった。
「ステージ……? あっ! ねえ、ミニライブをするのってどう? ライブをすれば一度にたくさんの人に見てもらえるし、一緒にやりたいって子も出てくるんじゃない?」
「えっ、ミニライブを? ……でも、わたしにライブなんてできるかなあ…」
「…無理」
 舞菜と紗由は二人同時に声がしたほうを振り向いた。
「あ、柊さん。保健室から戻ってきたんですね。具合、大丈夫ですか?」
 舞菜に答えずに、かえはおもむろにグラスをかける。
「…相変わらず、ミジンコ」
 そう言ってかえは鞄を手に取り、教室を出て行ってしまった。
「えっ、なに。なんなのよ、ミジンコって」
「さあ…この前も言ってたんだけど…」
「変わった子ね…」
 舞菜と紗由は話し合いを再開した。しばらくすると、廊下を駆けて教室に入ってきた人がいた。
「ああ~、やっぱり柊さん帰ってる~。今日中にこのプリント渡さなきゃいけなかったのに…」
 それは舞菜たちのクラスの副担任である神崎美津子だった。神崎かんざき先生は手に持っているプリントから顔をあげると、舞菜と紗由に申し訳なさそうに近づいてきた。
「あ、あの~、二人とも。お願いがあるんですけど、これ、柊さんに届けてもらえないかしら?」



「…突然来るなんて、失礼」
「ご、ごめんなさい」
 舞菜と紗由は、一人暮らしをしているというかえのアパートを訪ねていた。最初は拒んでいたかえだったが、プリントのことを伝えるとドアを開けてくれたのだった。
 かえの部屋に入り、舞菜と紗由は大きく目を開いた。部屋の中にはアイドルの、しかもガールズユニットのグッズがたくさん飾られていたからだ。
「なんなのこの部屋…。どこ見てもアイドルのグッズでいっぱいじゃない! 最近のものから懐かしい人のものまで…。あっ、あのライブDVD! ずっと探してたやつだわ!」
「テレビもいっぱい置いてあるね~。全部で8個もある。すごーい、見放題だね!」
「…それはモニター。…用が済んだなら帰って」
「あっ、あの、もうちょっといいですか?」
「…」
「柊さんもアイドルが好きだったんですね。その…もしよかったら、わたしたちと部活しませんか? 謡舞踊部っていう部なんですけど、アイドルを目指す部活で……」
「ちょ、ちょっと舞菜…っ」
 驚いて紗由が小声で舞菜に耳打ちをする。
「わたしたち、今、部員が足りなくて困ってるんです。でも、柊さんもこんなにアイドルのことが好きなら、一緒に楽しく部活できると思って」
「…断る」
「えっ」
「…『好き』だけじゃただの遊びと同じ。アイドルは、遊びじゃない」
 かえは部屋中に貼られているポスターを指し、アイドルを好きになったきっかけを話し始めた。それは、かえが小学生の頃、学芸会の舞台に立って、緊張から何もできなかったこと。学校に行くのが辛くなり、ひきこもりになってしまったこと。そして、そんなかえに光りをくれたのがアイドルだったこと。
「…かえにとってアイドルは、夢の世界の存在。簡単に、一緒に楽しくやろうなんて言えない」
「で、でも、そんな風に真剣に思っているのなら、きっと素敵なアイドルに――」
「…話は終わった。帰って」
 食い下がる舞菜にかえはこれまでで一番はっきりとした声で言った。
「で、でも……」
「もういいじゃない、舞菜。いくら誘っても無駄よ」
「紗由さん」
 紗由は舞菜の手を引いて玄関に向かった。去り際に足を止め、かえを見る。
「柊さん。私たち、遊びでアイドルを目指してるわけじゃない。プリズムステージに出て優勝するつもりなの」
「…絶対無理。時間の無駄」
「無理じゃない! 私は絶対にあのステージをあきらめない。トップアイドルになるために、ライブを成功させて、私たちの仲間を見つけてみせる!」
「…」



「はい、ここでターン! 次、シンメでステップ!」
 翌日から舞菜と紗由はミニライブに向けて猛練習を始めた。
 ミニライブは一週間後の放課後、校内にある特設ステージで行うことになり、瑞葉はミニライブの宣伝のために校内を駆け回っていた。
「やっぱり舞菜と踊ると、いつもより体が軽く感じて、上手く踊れてる気がする…」
「えっ?」
「不思議ね。長い間、一緒に練習してたんじゃないかってくらい呼吸がピッタリ合ってて…」
「紗由さん…」
「私、舞菜とずっと一緒に踊っていたい。舞菜と踊ると自分がどんどんうまくなっていくのがわかるの。舞菜と一緒ならどこまでもうまくなれると思う。舞菜、謡舞踊部に入ってくれて、本当にありがとう!」
「ううん、御礼を言うのはわたしの方だよ、紗由さん」
「え?」
「紗由さん、わたし、本当はプリズムステージに出るって聞いてからずっと不安だった。でも、この前、紗由さんが、遊びでアイドルを目指してるわけじゃない。プリズムステージに出て優勝するつもりだって言ってるのを聞いて、わたしも頑張れるかもって思えてきたの」
「舞菜…」
「ねえ紗由さん。もう少しだけ練習してもいいかな」
「うん、わかった。日が落ちるまでやるわよ!」
「はい!」

 そして二人が猛練習を始めてから数日が経った放課後。かえが下校しようと校門に向かっていると、近くの女子生徒たちの会話が聞こえてきた。
「あ、またあの二人やってるよ」
「へえ~、昨日の昼も見かけたよね」
「今朝もやってたよね。毎日すごいねえ~」
 かえも女子生徒たちの見ている方を見ると、舞菜と紗由が練習していた。
「はい、ここでターン!」
「はいっ!」
 二人は掛け声に合わせてポーズを決めた。そしてまた曲の最初から踊り始める。
「…ミジンコのくせに……」
 そうして二人を見ていると、ふとかえの脳裏に、あるアイドルが重なって見えた。
「…そういえば、前にも同じことがあった…」
 それはかえがアイドルを好きになったきっかけのアイドルであり、今でもかえが一番好きで忘れられないアイドルの姿。
 二人組のそのアイドルは、今はもう解散してしまって存在しない。でも、持ち前の明るさと勢いでファンを魅了し、どんなアイドルよりも一番輝こうと一生懸命に歌って踊る姿がかえは大好きだった。
「…あの子たちもミジンコだった。…でも……いつもきらきらしてた……」
 かえの目に、今目の前で踊っている舞菜と紗由の笑顔が飛び込んでくる。
 かえは二人の姿をじっと見ていた。二人の笑顔と頑張る姿に、かえはいつまでも釘づけになっていた。



 そしてミニライブ当日。舞菜と紗由は学園の敷地内にある野外ステージに立っていた。
 しかし、二人の目の前にあったのは、空っぽの客席だった。
「そんな…」
「どうして…? 部長がちゃんと宣伝してくれるって言ってたのに…」
 茫然とする舞菜と紗由。
 舞台の傍に控えていた長谷川実が二人の前に歩いてくる。
「やはり、廃部ですね」
「長谷川さん…!」
「ちょっと待ってください!」
 二人が声をあげたと同時に、会場によろよろと瑞葉も入ってきた。
「はあ、参ったわ~。告知のポスター、全部剥がされてたわ~」
「えっ、どういうことですか!?」
 紗由が驚いて瑞葉を見る。答えたのは実だった。
「当然です。生徒会が認めていない部は張り紙も宣伝も告知も許可できませんので」
「それじゃあ、部長さんが貼ったポスター、誰も見てないってことですか…?」
「なあ実ちゃん、なんか、うちらのこと目の敵にしてへん? うちらのこと嫌いなん?」
 瑞葉に言われてむっとした実が小声でつぶやく。
「だって、今さらアイドルの部活ができて、プリズムステージを目指すだなんて……」
「え?」
「何でもありません。とにかく、あなた方の廃部は決定です」
「そ、そんな…っ!」
「もう少し待ってください! 必ずあと二人入れますから!」
 舞菜と紗由が再び声をあげた。しかし実は冷たく笑って、
「待つだけ無駄です。こんな、いい加減な部活に、入ってくれる人なんているわけが――」
 ない。と、実が言おうとしたとき――。
「…ここにいる」
「えっ?」
 実が振り返ると、そこには息荒く、走って会場に入ってきた一人の生徒がいた。
「…かえが入部する」
「柊さん!?」
 舞菜と紗由がかえを見て目を見開く。
「あなた、何を言ってるの!?」
 実がかえに向かって言い放つ。しかし、かえはゆっくりと息を整えて、実を見据えた。
「…二人とも毎日頑張ってた。遊びじゃなかった。…二人を見てわかった。アイドルがステージの上で輝けるのは、一生懸命頑張ってるから。だからアイドルは、みんなの光りになれる…」
「柊さん…」
 舞菜と紗由は笑顔でかえを見つめた。そんな二人にかえがまた訴える。
「…解散なんてさせない。これからも二人のことを見ていたい。だから、二人と一緒に、かえも、アイドルを……!」
 舞菜も紗由も瞬間的に駆け出していた。ステージを降りてかえのところまで走り、二人で同時にかえの手を握る。
「うん! 一緒にやろう、かえちゃん!」
「言っておくけど、練習は厳しいわよ!」
「…知ってる。何回も見たから。…だから見せて。今日までの練習の成果」
「もちろんだよ!」
「任せなさい!」
 舞菜と紗由はステージに戻って音楽をスタートさせた。二人はこれまで練習してきたダンスを踊る。たった一人かもしれないが、それでも見に来てくれた人のために。
「…すごく、きらきらしてる。…かえも夢を見て、いいのかな……」
 二人のステージにかえの頬は染まっていた。
 瑞葉が舞台の傍で茫然と立ち尽くしていた実に話しかける。
「なあ実ちゃん、まだ廃部って言う?」
「……当たり前です。あと一人、足りませんから……っ!」
 実はそう言ってその場を去っていった。
「ほんま、実ちゃんて、かわいいのにしっかりしてるなあ~。けどな、絶対、ぜーったい、廃部になんかさせへんよ。だって、あの子ら、すっごくいいステージやってるんやもん」
 そう言って瑞葉は舞菜と紗由を見て微笑む。
 かえも客席から笑顔で二人に拍手を送っていた。