4th stage!

「香澄、過去と決別する」





 ミニライブの日から数日後の放課後。
 舞菜と紗由は謡舞踊部の部室で部員集めについて話し合っていた。
「せっかくのミニライブも、かえ以外の部員は入らなかったわね」
 そう言ってため息をつく紗由。
「他の活動をしようとしても、生徒会から認められてないので告知できませんし…」
 同じくため息の舞菜。
 ちなみに部室はミニライブの翌日、生徒会の長谷川実副会長が封鎖を解いてくれた。
「部室の閉鎖はいったん解除します。しかし、部員不足が解決しない限り、次の生徒会議会での廃部は避けられませんので」
 封鎖のテープを剥がすなり、そう言って副会長は去って行った。
「どうして副会長はあんなにうちの部を目の敵にするんでしょうか?」
「理由はわからないわ。でも、そんなことより新部員よ。次の生徒会議会は今週末にあるわ。それまでにあと一人なんとかしないと…」
「うーん。校門前で生徒全員に声をかけてみるとかどうでしょうか?」
「あかんなあ、そんな非効率な考え方では二十一世紀の勝ち組にはなれへんよぉ」
 気が付くと、瑞葉がかえを連れて部室に入ってきていた。
「部長! 何かいい方法でも思いついたんですか?」
「もちろん。かえちゃんが開発したこれを使うんよ」
 瑞葉が手にしたのは、かえがいつも覗いていたメガネだ。
「…IPPグラスに目をつけるとは、さすが部長」
 ボソリとつぶやくかえ。
「…いつの時代も勝ち組は情報強者」
「確かそのメガネ、かえちゃんがわたしを見て『ミジンコ』とか言ってた…」
「そう、それや。このメガネはな、かえちゃんが今までに収集した超驚異的な質量のアイドルデータベースを参照しながら、超々高度な分散処理によってメガネに映った少女のアイドル適正を数値化するという、超々々ビックリな能力があるんよ」
「そんな! アイドルの良さは見た人の心が決めるものです。そんなもので数値化なんてできるわけないじゃないですか」
 少し怒ったように言う紗由を、瑞葉はIPPグラスをつけて眺める。
「なるほどなあ。通常時の紗由ちゃんのIPPは、舞菜ちゃんの倍もあるんか」
「…学年でも断トツトップ。今すぐアイドルデビューできるレベル」
「さすが紗由さん、凄いです!」
「そ、そんな…! 私が、舞菜よりアイドル適正が高いなんて…」
 思わず顔が赤くなってしまう紗由。



「恥ずかしがらんでええんやで~」
「もう! だいたい部長、新しい部員の話はどうなったんですか?」
「そやからな、この数値の高い子をスカウトすればええわけや」
「で、でも! 紗由さんみたいな数値の高い人、他にいるんでしょうか?」
「…一人、いる」
 かえはグラスに保存されたデータを見せる。そこには一人の少女の名前があった――



「まさか、その人がこんな部にいるなんて…」
 舞菜と紗由、かえはサバゲ部の部室に勧誘に来ていた。
「それで、ボクに何か用なのかい?」
 銃やゴーグル、アーマーなどが多数置いてある部室の中で、不機嫌そうな表情で立っているのは、二年生の本城香澄ほんじょう かすみ。IPPグラスで調べた数値ではこの稀星学園でも断トツトップ、紗由を越える数値を叩きだしている。
「あの、本城さんってサバゲ部のエースって言われてるんですよね」
 おずおずと話しかける舞菜。
「エースってのは言い過ぎだけど、去年からずっとサバゲ部で活動してるよ」
「あの! …突然ですけど、アイドルに興味ありませんか!」
 舞菜がそう尋ねると、香澄は少しだけ表情を硬くする。
「……興味ないね」
「お願いです、謡舞踊部でアイドル活動をしませんか? 本城さんにはとても高いアイドルの素質があるんです。わたしたちとプリズムステージ出場を目指しましょう!」
「興味ないって言ったよね」
 香澄は冷たい声でそう返事すると、持っていたサバゲ用の銃を持ち上げる。
「これ以上話がしたいなら、ボクにサバゲで勝ってからにしてもらうよ」
「そんな…!」
 サバゲ部の他の部員たちが戻ってきたので、舞菜たちは帰るしかなかった。



「本城さん、全然、アイドル活動に興味無さそうでしたね」
「…高いIPPがあるのに、まさに才能の無駄遣い」
 帰り道、舞菜たちはコンビニのフードコーナーでお茶しながら話していた。
「かえ、確か本城さんって学園に入る前は芸能事務所に所属してたよね?」
「…その通り。モデルやお芝居、それにアイドル活動もしていた…」
「でも一年ちょっと前に活動を全て辞めて、サバゲ部に入部…。何か理由があるのかも」
 その時、コンビニの店内に新しい曲が流れた。少し電子的な高音域の少女が歌うポップスが、店内に響き渡った。
「わー、綺麗な声~。この人の歌、最近よく聞きますね」
「え、舞菜ってボイスノイドのこと、知らないの?」
「ボイスノイド?」
「去年の頭頃から大流行してる音声合成ソフトよ。パソコンで操作すると、自然な声で歌を歌えるんだって」
「え? これが機械で作った声なんですか? 信じられません!」
「…ボイスノイドは音楽業界の革命、ここから新しい音楽が生まれる可能性がある。新たなアイドルさえもボイスノイドから誕生するかもしれない…」
 飲んでいたミルクオレを置いて、かえが口にする。
「どうしたの、かえ。急に早口の高い声で喋り出して?」
「…いや、その…新しい技術の夜明けに、胸が熱くなった…だけ」
 戸惑って俯くかえ。
「ふ~ん。…舞菜、何してるの?」
 舞菜は少し前から、黙ってかかっている歌を聞いている。
「ん… なんだかこの声、聞いた事がある気がして…」
「だから、最近流行ってるって言ったじゃない」
 目を閉じて耳を澄ます舞菜。
「…間違いありません。これ、本城香澄さんの声です」



「まさか、本当にサバゲで挑戦してくるとは思わなかったよ」
 本城香澄の前にいるのは、舞菜と紗由とかえ。三人共、サバゲの装備をつけている。
 勧誘に失敗した翌日の放課後、三人はサバゲフィールドで部活動中の香澄のところに押しかけて、挑戦状を叩きつけたのだった。
「昨日、サバゲで勝てば、お話を聞いてくれるって言ってくれました…よね?」
 重そうなマシンガンを抱えて、フラフラしながら言う舞菜。
「言った。君たち三人とボク一人で勝負して、もし負けたらどんな話でも聞くよ」
 自信満々に答える香澄。
「…その言葉、録音した」
 ピストルを片手に、もう一方の手でボイスレコーダーをしまうかえ。
「なら、私達と一緒にプリズムステージを目指してもらいます!」
 そういうなり、ライフルを構える紗由。
開始のブザーが鳴ると同時に、紗由が引き金を引いてライフルを連射した…が、
「あれ? 本城さんがいない?」
「…消えた?」
 その時、フィールドの壁の間から銃声がした。
 紗由の身体に、香澄の放ったプラスチックのBB弾が数発命中する。
「あ痛っ!」
 声をあげてしゃがみ込む紗由。
「きゃあっ!」
「…退避」
 そばの壁に隠れて逃げる舞菜とかえ。
 しばらくして、しゃがみ込んだ紗由のそばに香澄が現れる。
「弾に当たったら『ヒット!』と声を上げるんだ」
「ヒット! …さすがですね」
「一年以上やってるからね。君たち、本当にボクに勝つつもりで来たの?」
「わかりません、でも舞菜とかえが、『勝って、香澄さんの声を取り戻す』って」
「ボクの…声!」
 香澄は厳しい表情になると、走り出した。
「セーフティゾーンで待ってて!」

 舞菜は壁に隠れ、地面に耳を当てて足音を聞いていた。
「本城さんの足音…、近づいてくる」
 立ち上がって壁に近寄ると、もう香澄の足音ははっきりと聞こえていた。
「三、二… 一!」
 壁から飛び出すと、ちょうど目の前に香澄がいる!
 慌ててマシンガンを構えて… 撃つ!
「あれ? 当たらない?」
「大きな銃を選び過ぎたね」
 フラフラして狙いの定まらない舞菜の横で、香澄は狙いすました一撃を放つ。
「わ~~! やられちゃいました!」
 弾を当てられて、膝をついて座りこむ舞菜。
「君がボクの声に気づいたのかい?」
「ええ。昨日コンビニで聴いたんです。えっと、確か… ボケノイド?」
「ボイスノイド」
「それですそれ。あれって音声合成ソフトだそうですけど、サンプルで誰かの声を使ってるんですよね。それがきっと、本城さんの声だって…」
「よくわかったね」
「後、本城さんが芸能活動を辞めた理由も、わたし、わかっちゃいました」
「いや、わかるはずない」
 強く声をあげると、香澄は走り出す。
「君なんかに、ボクのことがわかるはずない…」

 最後に残ったかえと香澄の戦いは、意外にも長くなった。
 的確な攻めでかえを追い詰める香澄。だがかえも鋭く応戦して、香澄を近づけない。
「まさか、こんな素人の子相手にこんなに手こずるなんて…」
 壁に隠れて、息を整えている香澄。
「でも、誰もボクの気持ちを変えることなんて、できない」
「…変えてみせる。ボイスノイドとあなたの未来のために」
 背後で声がする。
「!」
 慌てて香澄が振り返ると、そこにはピストルを香澄に向けて構えているかえがいた。
「サバゲ部のサウザンドキルエンジェルと呼ばれたボクが、素人に背を取られるなんて…!」
「…ダークシャドウプリンセスかえを舐めないで」
「ダークシャドウプリンセス!? 君もサバゲをしていたの?」
「…いえ。ダークシャドウプリンセスのバックスタブは七倍の打撃力を誇り…」
「ばっくすたぶ? それ、どういう技? …どうして、ボクを撃たないんだ?」
「…えっと、その… 勝ち負けは問題じゃない。これはあなたの問題」
「ボクの…?」
「…舞菜が言ってた。あなたは自分の声で歌いたい気持ちがなくなったんだって…」
「……よくわかったね」
 驚いたように香澄がかえの顔を見た。
「…舞菜は、人の気持ちのわかる子」
「ちょうど中学に入る前のことだった。ボクの声を使って、ボイスノイドを作りたいって誘いが来たんだ。その時はただ、声を使ってゲームか何か作るんだろうって思ってた」
「…それが、大ヒットした…」
「うん。気が付けばどこに行っても、あの子の、ボイスノイドの歌がかかるようになった。加工はされてても、あの子の声の元はボクだ。それを聞くたびに、これ以上自分の声を、他の人に聞かせる必要がないんだって、そんな気になってきて…」
「…芸能活動を、辞めた?」
「ええ。稀星学園の本校に入学が決まってたんだけど、高尾校に変更してもらった。そして、一番芸能活動から遠そうな、そんな部を探して入ったのさ」
 香澄は遠くを見るような瞳で言う。
「ボクはアイドルへの夢を、ボイスノイドという、モニターの向こうのあの子に譲ってしまったんだ。さあ、撃てばいい。君の勝ちだ」
「…かえはサバゲが好き」
「は?」
「…やったのは初めてだけど、武器を使った戦いに興味は津々だった。ダークシャドウプリンセスは、FPSのクランでも使っていた名前…」
「く、くらん?」
「…それからボイスノイドも好き…。自分がアイドルになれるなんて思ってなかったから、自分がアイドルの歌を作れるかもしれないって、随分と熱中した…」
「何が言いたい?」
「…えっと…」
 口ごもるかえ。
 気が付くと、そばには舞菜と紗由も来ていた。
「本城さん、かえはあなたの声が聞きたいって言ってたんです」
「ボクの声?」
「そうです。ボイスノイドは好きだけど、あなた自身の声はそれとは違うって」
「違う…? ボクとあの子の声が?」
「はい! 違います!」
 舞菜も大きくうなずいて言う。
「確かにボイスノイドのサンプルは本城さんの声ですから、似て聞こえます。でも、今わたしたちと話してる本城さんは、決してボイスノイドじゃないんです!」
「嘘だ…。信じない」
「…信じて、かえは、あなたとボイスノイド、両方を、好きになりたいの…」
 かえは、恥ずかしそうにそう呟く。
「ボクと、あの子の両方を…」
 香澄の表情に一瞬笑みが浮かんだ。が、香澄は俯いて首を横に振る。
「今さら、人前で歌うなんて、できるわけない…」
「そんな…、本城さん!」
 驚く舞菜たちに向かい、香澄は顔を上げて言う。
「でも、もしも君たちが一緒に歌ってくれるなら… 歌ってもいい」
「本当ですか!?」
「ええ。ボク、もう一度、自分の声で夢を見たくなったんだ」
 香澄は晴れ晴れとした笑顔で、かえに言う。
「君も一緒だからね、ダークシャドウプリンセス」
「…ありがとう、サウザンドキルエンジェル…」
 感動した表情で香澄を見返すかえ。



「さうざんど?」
「だーくしゃどう??」
 意味が解らず、きょとんとする舞菜と紗由の二人だった――



 舞菜と紗由、かえが部室に戻って香澄の入部を告げると、瑞葉は満面の笑みを浮かべた。
「これで廃部も当面は回避したわ。後はプリズムステージに出場するだけやね」
「確か、そろそろ出場の申し込み期限でしたよね」
「大丈夫大丈夫。うちがすでに申し込みはしてあるからな」
 瑞葉は一枚の書類を取り出して見せた。
「…まさか部長が一晩で」
「あれ、でも確か、申し込みにはグループ名が必要じゃなかったですか?」
「大丈夫大丈夫。うちがすでに書いて出しておいたからな」
 書類をニコニコして指差す瑞葉。
「やっぱ名前は大事やしな。今時のトレンドを押さえて決めといたからなー」
 そう言って指差したグループ名の欄には――『梅こぶ茶飲み隊』と書かれていた――