6th stage!

「舞菜、姉と出会う」


扉イラスト&挿絵イラスト:和泉つばす




 プリズムステージ東京都予選前日の夕方。
 謡舞踊部の六人は、ステージに向けての最後の練習を終えていた。
「なんとか上手いこといったわあ。みんなお疲れさん」
「瑞葉、一番ダンスで足を引っ張ってたのはあなたよ」
「相変わらず実ちゃんは厳しいわあ」
「あのねー。私がいなかったらこの部、どうなってたと思うの? ステージで歌う曲だって準備してなかったのよ。冗談抜きで音源審査も通らなかったわよ?」
「ほんま実ちゃんには助けられてばっかりやわ。ありがとうなー」
「な、なによ。褒めたって何も出てこないみぃ」
 和気あいあいとした雰囲気に包まれる六人。
「今日の部活はここまでや。さっさと帰って、明日に備えて英気を養ってなー」
 瑞葉が言うと、皆は帰り支度をはじめた。

「なんとか予選出場にまでたどり着けましたね」
 皆が帰った後、瑞葉の手伝いで残ったのは紗由だった。
「悪かったな紗由ちゃんだけ残ってもろうて」
「いえ。部長と二人っきりって、この部に入ったばっかりの頃を思い出して、ちょっと懐かしいです。そんなに昔の話でもないのに、なんだかすごく遠い気がします」
「そうやね」
 瑞葉は片づけを終えると、紗由を見つめて言う。
「なあ紗由ちゃん、うちらはどうしてここまで来れたんやと思う?」
「え? それはやっぱり、部長のおかげですか?」
「そんなお世辞はいらんわあ。本当にこの部をプリズムステージの入り口にまで導いたのは誰やと思う?」
 紗由はしばらく考えて一人の名前を口にする。
「……… 舞菜…」
「そう。全てが始まったんは、この部にあの子が迷い込んできたあの日からなんよ。あの子がおらんかったら何も動いてなかったと思う」
「……はい」
 真剣な表情でうなずく紗由。
「それからこれ。隠すつもりはなかったんやけど、どうせ明日にはみんなわかることやろうしね」
 瑞葉は紗由の前に書類を出す。それは、以前瑞葉が調べた舞菜に関するレポートだった。
「これは…!」
 それを目にした紗由の表情が変わっていった。



「まさか…、舞菜があのステラマリスのリーダー、碧音さんの妹?」
「やっぱり、紗由ちゃんは気づいてなかったんやね」
 瑞葉はそう言ってコロコロと笑った。



「うわあっ! 見て見て紗由さん! ほら、すっごいたくさんの女の子が集まってるよ!」
 翌日のプリズムステージ東京都予選会場。
 誘い合って会場に来た舞菜と紗由だったが、二人が会場の入り口から入ると、目の前の巨大な玄関ホールが、同じ年代の女子中学生でいっぱいになっていた。
「これ、皆プリズムステージに出場する子たちなのかな?」
「さすがに全員じゃないと思う。応援に来てる子も多いはずよ」
「そっか。学校の部活だもんね」
「うちは受験校だから生徒の応援はほとんどないけど、全校生徒で来てるところもあるみたいよ」
「凄いなあ…。こんなにたくさんの人の前で、わたしたちが歌って踊るんだね」
 目を輝かせて、ホールを埋め尽くした人波を見つめる舞菜。それは普段の少し引っ込み思案な舞菜とは、少し様子が違って見えた。
「紗由さん、わたし、夢を諦めなくてよかった…」
 夢見る少女のような表情でそう言う舞菜。
「おーい、舞菜ちゃん、紗由ちゃ~ん」
 瑞葉の声がホールの端から聞こえて来る。
 見ると、瑞葉と実、かえと香澄の四人が集合して手を振っていた。

「人が多いやろ」
「さっき紗由さんが、学校から応援に来てるって聞きました」
「…それだけでは認識不足」
 かえが舞菜に向かって、ボソリと呟いた。
「ち、違うの?」
「…最近はプリズムステージが新世代アイドル登竜門という認知が高まっている。会場にも熱心なファンが来てるし、ネット生中継では視聴者が多すぎて入れないほどの人気コンテンツ」
「かえちゃんも見てたの?」
「…当然」
「それだけじゃないよ。ほら、あそこのサングラスの人は、最大手芸能事務所のスカウトだ。そこの派手なスーツの人は、アイドルグループをたくさん抱える事務所の代表さ」
 香澄がホールにいる人を次々と指差していく。
「そ、そんな人たちまで? って、香澄さんよくわかりますね!」
「ボクも一年前まで、事務所に所属していたからね」
「あ、そーいえばそうでした」
「つまり、プリズムステージは次にブレイクするアイドルを発掘しようとする芸能関係者も注目のイベントなんだ」
「それだけじゃないわよ」
 今度は実が声をあげた。
「そこにいる庫我山中学の天路このか、後は真行寺中学の錦城涼乃や児山中学の羽崎望海。すでにソロでアイドル活動をしている子だって何人も出てるわ」
「そんな子もチェックしてるんですか、副会長さん!?」
「当然よ。秋葉原であったみたいなイベントに出てる子も多いしね。アイドルを目指すなら、将来のライバルは絶対にチェックしておかないと」
「さ、さすがです…」
「けど、ソロで人気の子がおっても、必ず勝てるわけやないのがプリズムステージや。グループ単位の評価やから、個人だけでは勝ち抜けへんのよ」
「なによ瑞葉。それってみいへのあてつけ?」
「いやいや。だからこそプリズムステージを勝ち抜いたグループが高く評価されるって話や。さあ、そろそろ控室に移動しよ。すぐに予選が始まるわ」

 移動した先は、控室というよりは、玄関とは逆側のホールを閉鎖して、出場者専用にしたものだった。出場するアイドル部の部員たちはホールにめいめいで集まって、着替えをしたり、最終の確認をしていた。
 集まった部員たちの前で、瑞葉は登録の書類を見せる。
「89番? なんですかこの番号は?」
「ステージに出る順番やね。さっき登録した時、うちが抽選で引いたんよ」
「89も出場校がいるんですか!?」
「ううん。全部で100校以上や。東京のアイドル部のある学校が全部集まってきてるんやからね。一組一分半の曲込みでステージの割り当ては二分。それでも四時間以上かかるらしいわ。うちらの順番やと、ステージに出るのは午後やね」
「ここから、プリズムステージに出場できるのはたった一校ですよね…」
 緊張した表情になる紗由。
「まあな。けど、最初は決勝トーナメントに残れる四校に入ることが目標や」
「四校…、それでも凄い倍率ですね」
「そんなことでビビってたら、アイドルなんて目指せないみぃ!」
 実が、紗由の戸惑いを断ち切るように声をあげた。
「…そろそろ10時、予選が始まる」
 かえが、手にしたスマホを見つめて呟いた。



 舞菜たちが座ったのは、出場者に割り当てられた客席だった。それ以外の客席は、応援の学生や観客で満員になっている。
 しばらくすると、観客がざわめき、そしてステージの幕が開く。
「一番目のくじを引いた人って、緊張しそうですね」
 舞菜がそう言うと、香澄が驚いたように舞菜の顔を見た。
「驚いたな。本当に君は、何も知らないのかい?」
「え、どうかしたんですか?」
「…抽選されるのは二番より後。最初にやるグループは決まっている」
「舞菜ちゃん、予選の一番目に出てくるのはいつも、前回の予選で優勝したグループなんよ。つまり今回出てくるのは…」
「あっ…」
 舞菜は何かに気づいたように、表情を硬くした。
「みいが誰よりもライバルだとチェックしている相手みぃ」
「そう。稀星学園本校のアイドル部代表。東京都予選優勝かつ、全国大会、プリズムステージの優勝グループ、ステラマリスよ」
 紗由がそう言うと同時に、ステージの上に三人組のグループが姿を現わした。同時に観客席からは、会場全体を揺るがすような歓声があがった。

 音楽がかかり、ステージの上でステラマリスのパフォーマンスが始まる。
 二分にも満たない時間の間だが、ステラマリスの歌とダンスは、観客席にいた人々全てを、ライバルのはずの、出場者たちも含めて全てを魅了した。
 音楽が終わり、ステラマリスのステージが終わっても、歓声は止まない。それどころか、彼女たちが時間通りにステージから去っても、ステラマリスの名前を呼ぶ声が会場に満ちていて、まるで、ライブでアンコールを待ち望んでいるかのようだった。
「…完全に場を浚(さら)ってる」
「ああ。次に出てくるグループが可哀想だな」
 冷静に語る香澄とかえの横で、紗由はずっと舞菜を見つめている。
 ステラマリスがステージに出て来てから、舞菜の表情にはさっきまでの明るさが消え、ずっと硬い表情でステージ上を見ていた。
 そして今も、ステラマリスが去った後のステージをじっと見つめている。口元にあてた手は小刻みに震えていた。
「舞菜、どうしたの?」
「ごめんなさい、紗由さん。ちょっと、わたし…」
 舞菜はそういうと、席を立って外に向かって走りだす。
「舞菜!」
 紗由は慌てて追いかける。
 会場の中には、まだ大きな歓声が響いていた。静粛にするようにというアナウンスが聞こえないほどの歓声の中を、舞菜と紗由は外に向かって走る。



 紗由が会場の外に出ると、すぐ前で舞菜が立ち尽くしていた。
「どうしたの?」
 声をかけても舞菜は前を向いたまま動かない。その視線の先には、一人の少女がいる。キョロキョロとあたりを見回しているその少女の衣装に、紗由は見覚えがあった。
「あの衣装は確か…」
「お姉ちゃん」
 舞菜がつぶやいた言葉に少女が振り返る。
 間違いなくその少女は、さっきまでステージ上にいたステラマリスのリーダー、式宮碧音だった!
「式宮…碧音さん…!」
 驚く紗由。と、次の瞬間、碧音は両手を開いて舞菜に向かって駆け寄ってきた!
「まーちゃん!」
 大きく声をあげ、碧音は舞菜に抱きついた。
「え? 何? まーちゃん???」
 目の前で起きていることが理解できず、ただ戸惑う紗由。
 舞菜は碧音に思いっきり抱き締められて、苦しそうに声をあげる。
「お姉ちゃん、苦しい…!」
「あ、ごめん!」
 慌てて手を離す碧音。
「でも、お姉ちゃん、まーちゃんが元気で嬉しくて。ずっと心配してたのよ。学校変わってどうしてるかな? 寂しがってないのかな? って。それで、久しぶりだったし、気がついたら抱きついちゃってた」
 碧音は舌をペロリと出して笑うと、紗由を見る。
「まーちゃんのお友達? ごめんなさい、驚いた?」
「あ、あの…、その…。どうして、ここに? いや、それよりなんていうか…」
 紗由には何もかもがわからなかった。なぜ舞菜はわざわざ姉のいた本校に行かなかったのか。紗由たちの高尾校に来たのか。いや、そもそもこの碧音と舞菜はどういう関係なのか…
「…は、はじめまして。舞菜さんの友達の月坂紗由です」
 結局、口から出たのは単なる自己紹介だけ。
「ありがとう、月坂さん」
 碧音は今度は、紗由の手を包み込むように両手で握った。
「え、え? お礼…?」
「だって、あなたたちのおかげで、まーちゃんはステージに戻ってきたのよね?」
「いえ。そんな。むしろ私たちが舞菜のおかげで…。ていうか、その、私たちは、ステラマリスの、その、ライバルなんですから!」
「ライバル?」
 きょとんとして目を丸くする碧音。
「そうです。と、東京都予選を抜けるのは一校だけです。だから、舞菜と私は、あなたたちのライバルです」
「あの、お姉ちゃん、わたし、あの…」
 慌てて姉に声をかける舞菜。
「いいのよ、まーちゃん」
 碧音は舞菜に微笑むと、紗由の顔を真っ直ぐに見た。
「確かに私たちはライバルね。でも、やっぱり私嬉しい。どんな形でも、まーちゃんと同じステージに立てるのが嬉しいな」
 気が付くと、碧音の後ろに二人の少女が来ていた。それはステラマリスの残り二人のメンバーだった。
「今戻るね」
 碧音は二人に声をかけると、もう一度舞菜と紗由に向かって微笑む。
「まーちゃん、月坂さん、あなたたちが予選を抜けてくるのが楽しみ。決勝トーナメントで、一緒に戦おうね」
 碧音は二人に背を向けて、ステラマリスのメンバーの所に戻っていった。

 数分後、ステージが休憩に入ったのか、客席から出場者や観客がホールに出て来た。すぐに、背後のドアから瑞葉たち謡舞踊部の四人が顔を出す。
「舞菜ちゃん、紗由ちゃん? どうかしたん?」
 四人は休憩時間になり、二人の不在に気づいて、やってきたのだった。
「部長、今、実は舞菜がその、お姉さんと…」
「え? まさか式宮碧音さんが、ここに来てたん?」
「式宮碧音が来てたみぃ? それでもう帰ったみぃ? 私に挨拶もせずにみぃ?」
「実先輩、それは自意識過剰だろう」
「…サイン、欲しかった」
 謡舞踊部の四人は思い思いの言葉を口にする。
「それで、何か言ってたん?」
「ええ。舞菜と私に、予選を抜けてくるのを楽しみにしてるって…、決勝トーナメントで戦おうって…」
「ごめんなさい」
 その時、ずっと立ち尽くしていた舞菜が声を出す。
「舞菜?」
「紗由さん、みんな、ごめんなさい。…わたし、無理です」
「無理って、まさか舞菜…」
「わたし、帰ります」
 そういうと、舞菜は突然外に向かって走り出した。
「舞菜! 待って!」
 声を上げる紗由。だが、舞菜は止まらずに走り続ける。
 紗由たちも慌てておいかけたが、舞菜はホールに出て来た人ごみの中に駆け込んで、あっという間に見えなくなってしまう。
「舞菜!」
 紗由は人ごみにぶつかり、かき分けながら舞菜の名前を呼び続けた――