7th stage!

「紗由、舞菜を説得する」


扉イラスト&挿絵イラスト:和泉つばす




 紗由とかえは、プリズムステージの予選会場の周りを走っていた。
「舞菜、いた?」
「…いない」
 紗由たちの前から走り去った舞菜は、あっという間に人ごみにまぎれて見えなくなってしまった。紗由たちは手分けをして一時間以上、舞菜を探していた。
「大丈夫?」
 紗由が走ってきた足を止めると、後ろをついてきていたかえは、苦しそうに大きく息をつく。
「…普段の運動不足が、たたった」
「かえだって、ずっと私たちと同じ練習してるじゃない」
「…実は正直、ついていくので精いっぱい…」
「そうだったんだ」
 紗由は改めてかえを見つめる。確かにかえは、舞菜や紗由に誘われて部に入るまでは、ほとんど引きこもりに近い生活をしていた。一応学校に登校もしていたが、保健室にいる時間のほうが長いくらいだった。
「紗由ちゃん、かえちゃん、どうやった?」
 会場の中から現れた瑞葉が声をかけた。
「会場の周りには見つかりませんでした」
「そうか。中の方もいろいろ当たってみたけど、舞菜ちゃんはおらんみたいやな」
「こっちもいなかったみぃ!」
 実と香澄も戻ってくる。二人の担当は、最寄り駅までの道だった。
「ボクたちが着く前に、電車に乗ってしまってたらどうしようもないけどね」
 香澄は冷静な表情で話す。
「部長、メンバーが一人欠けていても、予選には出られるものなのかな?」
「まあ、規定人数は足りてるし、ちゃんと申請しておけば大丈夫やと思うけど」
「ステージを目の前にして、逃げちゃう子は時々いるみぃ。それを乗り越えた子だけがアイドルを目指せるみぃ」
「…みぃみぃ、迷子の猫みたい」
「みいはアイドルとしての覚悟の話をしてるみぃ! 敵前逃亡なんて言語道断みぃ!」
「すいません、もう少し舞菜を探していいですか?」
 紗由は会話を遮るように声をあげる。
「皆さんは、いったん中で休んでてください。私、舞菜を絶対に連れて戻りますから」
「そやな。頼むわ、紗由ちゃん」



 絶対に連れて帰ると言ったものの、舞菜がどこにいるか見当もつかない。紗由はあたりを見回しながら、駅に通じる道を歩いていた。
「あれ?」
 ふと見上げた紗由の目に映ったのは、宙に浮かんだ空中通路だった。駅に向かう大通りの左右にある兄弟ビルを繋ぐガラス張りの通路。よく見るとそこに立ち尽くす、小柄な少女のシルエットが見えた。
「舞菜!」
 紗由は思わず走り出す。

 人通りの少ない通路に、舞菜はたった一人で立っていた。下にはたくさんの人波が流れている。
「……舞菜、みんなのところに戻りましょう」
「紗由さん、みて。ほら、たくさんの人が会場から帰っていきます」
 舞菜の言う通り、下の道路は駅の方向に向かう人波で一杯だった。
「うん。ステラマリスが目当てだった人たちだね。かえちゃんが言ってたよ。前回もステラマリスのステージが終わった後、観客席がガラガラになったんだって。凄いね、舞菜のお姉ちゃんって」
「……はい。とってもキレイで歌も踊りも完璧で、だけど、わたしにはいつだって優しくて…」
「私、舞菜がステラマリスの碧音さんの妹で、本校から転校してきたって聞いて、てっきりお姉さんが厳しい人で、怒られて逃げてきたんだと思ってたの」
「全然違います。わたし、子どものころからずっとお姉ちゃんに憧れてたんです。ただお姉ちゃんの後を追っかけて歌もダンスも覚えて、そしてアイドルになるんだって無邪気に思ってた…」
「どうして本校に行かなかったの?」
「最初は行くつもりでした。推薦で入学も決まって、それで入学式の後に、お姉ちゃんに誘われてアイドル部に遊びに行ったら、部員の人たちが歓迎してくれて、わたし、言われるままに歌を歌ったり、ダンスをしたりして」
「楽しかった?」
「はい、最初は。でも段々と、周りの人たちの表情が怖くなってきて…」
「そう…」
 紗由には本校の部員たちの気持ちが少しわかる気がした。
 舞菜の歌やダンスは、単体でものすごく上手いわけではない。だが、見ていると目が離せなくなる魅力がある。それは舞菜が持つ天性の才能だった。
 紗由たちはその舞菜の才能に魅せられ、それに引っ張られるようにプリズムステージの予選会にまでやってきた。
 けれど、ステージに立つ前に戦いがある本校の子たち、常にライバルと競い合ってる彼女たちにしてみれば、舞菜の才能は眩しすぎたのかもしれない。
「ある部員の人が、後ろで呟いた声が聞こえたんです。『なんであんたなんかが入ってくるのよ』って。わたし、自分の歌やダンスが他人を傷つけることがあるなんて、思ったことも無かった…」
 その頃を思い出すように話す舞菜。
「気がつくとわたし、部室を飛び出してました。それからは本校に通うことを考えると、震えが止まらなくなってしまって…」
「それで、高尾校に移ったのね」
「母や姉は、本校で頑張ろうって言ってくれたけど、叔母さんがわたしを預かるって言ってくれたんです…」
 舞菜の表情が少し楽しそうになる。
「紗由さんたちと出会って、わたし、アイドルに憧れてた純粋な気持ちに戻れた気がしたの。紗由さんと一緒に踊ってると、嫌なことなんかを全部忘れられた…。でも…」
 舞菜が見下ろす道路にはまだ、駅に向かう人波が続いている。
「やっぱりわたしたちはずっと、誰かと戦わなきゃいけないのかな…」
「舞菜…」
 紗由は初めてメイド喫茶でステージをした時のことを思い出していた。
 ステージの前で立ち止まり、震えていた舞菜。舞菜は目の前の数人の客を恐れていたのではなく、客が自分と誰かを比べるのを恐れていたのだ。
 目の前の舞菜は、いつもよりもいっそう小さく、か弱く見えた。強く抱きしめると、壊れて消え去ってしまいそうなほどに。

「舞菜、アイドルを目指すってことは、きっと戦いなんだね。ファンの人たちの目にとまるためには、私たちは居場所を勝ち取るしかないもの」
「え?」
「謡舞踊部の廃部を免れるためには、この予選を勝ち抜かなくちゃいけない。それはつまり、お姉さんのステラマリスだけじゃなく、会場に来てる全部のグループと戦って勝つってことだから…」
「紗由さん…?」
 少し驚いたように、紗由を振り返る舞菜。
「でもね、ほら見て」
 紗由は舞菜の隣に来ると、通路の下を指差した。
 そこには、駅に帰る人波とは逆に、会場に向かう人たちがいた。細い列だが、そこにはファンの人らしき人もいたし、小さな少女たちもいた。
「あ、あの人たち、会場に向かってる?」
「うん。最初は混んでるけど、今からなら席も空いてきてるの。小学生の頃、私もこれくらいの時間に行ったことあるよ」
「紗由さんも?」
「私、アイドルになりたいって思ってたから、小さい頃からいっぱい練習してたし、いろんなステージも見たかったの。あ、それに予選会はほら、入場料も取られないし」
 紗由は小さく舌を出して笑うと、道路の先に見える会場を指差した。
「ねえ、ほら、会場が見えるでしょ?」
「うん」
「例え一番の人のステージが見られなくても、あそこにはたっくさんの夢が詰まってるんだと思う。だから、ああやって見に行く人もいるんだよ」
「夢が…」
「舞菜、舞菜は部に入る時に私に言ったよね、『紗由さんと一緒に夢が見たい』って」
「はい」
「逆だよ。みんな舞菜に夢をもらったんだ。一緒に来てる私たちは心の奥でアイドルを夢見ながら、どこかでその可能性を諦めかけていた。でも、そんな私たちを元気づけてくれたのは。私たちを夢に向かって挑む気にさせてくれたのは、舞菜なんだ」
「わたしが…?」
「うん」
 紗由は舞菜を見て微笑んだ。
「一緒に行こう、舞菜」
「わたし…」
 舞菜はまだ戸惑っている。
「ねえ舞菜、狭い門をくぐるために戦うしかないのがアイドルだけど、その戦いに挑む強い気持ちが、見ている人たちにパワーを与えるのかもしれないよ」
「見てる人たちに、パワーを…」
 さっき、通路の下を歩いていた少女たちは、もう会場の近くまで進んでいる。
「だから私は、舞菜と一緒に夢が見たい…」
 紗由が舞菜に手を伸ばした。
 舞菜はその手を、ゆっくりとだが、しっかり握り返した。



「もう、遅すぎるみぃ!」
 会場に戻った舞菜と紗由を待っていたのは、登場順まで数分に迫った慌ただしい部員たちだった。
「まあ、うちは戻ってくるって信じてたけどなあ」
「部長はね、結局欠員届を出さなかったんだよ」
 香澄がウィンクして言う。
「まったく! こんなアクシデントでみいの貴重な最後のチャンスが失われたら絶対許さないみぃ!」
 一見怒り声の実だが、その目の奥は不思議と笑っている。
「…準備、急いで」
 かえは、持っていた二人のステージ衣装を差し出した。

 数分後、謡舞踊部のステージが始まった。
「次は、稀星学園高尾校、アイドル部のステージです。グループ名は…」
KiRaReキラリ
 鳴り響く大きな拍手の音と歓声。
 紗由の目の前にいた舞菜は、ステージの脇で立ち止まると、小さく深呼吸をした。
「ねえ、紗由さん」
「ん?」
「あの子たち、客席にいるかな?」
「もちろんいるわよ!」
「ですよね!」
 舞菜はそう答えるとステージの上に飛び出して行った。
 ついて飛び出す紗由の耳には、歓声だけでなく音楽もしっかりと聞こえていた。

 ステージは完璧だった。
 紗由は皆のポテンシャルに驚き、引っ張られるように歌い、踊り続けた。
 ずっとダンスで足を引っ張っていたはずの瑞葉は、今まで何度も失敗していたパートを一度も外さずに踊り抜けた。
 かつて引きこもりだったかえは、今でもステージ上では少し恥ずかしそうに見えるが、それが他にない彼女の魅力になっている。
 香澄はさすがにかつてアイドル活動をしていただけのパフォーマンスだった。恵まれた肢体がステージ上で圧倒的な存在感を見せている。
 その香澄に一歩も引かない存在感を放っていたのは、みいだった。彼女の笑顔は、誰よりも観客の視線を集め続けていく。
 そして、紗由の隣にいる舞菜。誰よりも目立たないように見える彼女は、不思議と六人の中心にいた。そして皆はいつも、舞菜の動きに引っ張られていく。
 今まで以上の自分たちを。紗由が自分の全てを出し切ったと感じた時、音楽が終わり、観客席から大きな拍手と歓声が上がっていた。
「終わったね」
「…はい」
 舞菜は紗由に顔を向けた。二人の目が自然と合う。
「紗由さん、観客席からの拍手が、まるで波の音みたい…」
 さっきまであんなに怯えていた舞菜は、やっぱりステージの上では違って見えた。ステージの照明のせいか、舞菜の笑顔が眩しく感じて、紗由は少し頬を赤くした。



 ステージが終わってしばらくすると、他のグループの順番も全部終わり、後は審査となった。
 ほどなくして発表された決勝トーナメントに勝ち抜ける四組のグループの中には、当然のようにステラマリスの名前もあり、そして…謡舞踊部の名前もあった!

「やったな、ダークプリンセス」
「…エンジェルと私がいれば、当然の結果」
「確かにそうだ。ハハハハハ!」
 香澄とかえは、何故か自信満々の様子で笑っている。
「もうちょっとだけ、寿命が延びたわあ」
「ちょっとじゃないみぃ。全国決勝までは何か月も続くみぃ!」
「うわ、容赦ないわ」
「廃部を避けるためには、最低でも全国行きの実績が必要なんですからね」
「ええ~、そこは実ちゃんの権力でなんとか…」
「いいえ! 副会長として、実績のない部を贔屓するわけには絶対にいきませんから」
「っていきなり生徒会モードにチェンジせんでも~!」

 少し離れて舞菜は紗由と一緒に、その発表を眺めていた。
「わたしたち、勝てましたね、紗由さん」
「うん。これで決勝トーナメントが始まるんだね。今度は一組ずつ、お互いに競い合い、勝った方が決勝に上ることになるの」
「競い合い…」
「戦いだね。そして勝ち続ければかならず、お姉さんのステラマリスと戦うことになるんだよ」
「お姉ちゃんと…」
「怖い?」
「はい、少し。でも、もう逃げません」
「舞菜」
「だってわたし…、紗由さんと一緒に夢が見たいから」
 舞菜は紗由の目を見つめて、恥ずかしそうに微笑んだ。