9th stage!

「紗由、対戦相手と出会う」


扉イラスト:和泉つばす 挿絵イラスト:稀星学園高尾校美術部




「うわー、凄い人出だねー」
 繁華街の駅前でのん気に周りを見回している舞菜。
「ほんとね」
「ちょっと舞菜、紗由! そっちじゃないわ。離れないでついてきて!」
 舞菜と紗由を引っ張るように案内していくのは実。
 三人は休日を利用して、普段いる高尾から列車で数十分ほど離れた繁華街のお店に買い物に来ていた。
「ほら、ここよ!」
 実が二人を連れて入ってきたのは、大きな駅ビルの数フロアを丸々占有している手芸用品店だった。
「ふわあ~~! 凄い!」
「これ、全部が手芸用品なんですか?」
「そうよ」
「見て見て紗由さん! ここ、棚が全部ファスナーですよ! あ、こっちはボタンが一杯ある! 大きさも形もすっごい種類です!」
「あ、このボタン可愛い!」
 思わず見とれてしまう舞菜と紗由。
「まったく、こんなお店のことも知らないで、よくアイドル部活をするなんて言い出せたものね」
「すいません、アイドルの部活で自分たちがステージ衣装を揃える必要があるなんて、わたし、予選前に副会長さんに言われるまで考えもしてませんでした」
「私もです。あの時は結局、なにからなにまで全部長谷川先輩に全部お世話になってしまって…」
 素直に頭を下げる二人。
「え? あ、謝らなくてもいいみぃ!」
 少し慌ててしまう実。
「わ、私たち、同じグループの仲間同士なんだから、別に謝ることなんてないのよ。それに次の衣装を作る時は、みんなでデザインの検討から一緒にやることに決めたでしょ。だから今日、買い物も誘ったんだし」
 そして、少し頬を染めて言う。
「あとね、私のこと、副会長とか長谷川先輩とか他人行儀な呼び方しないでいいわ。仲間同士なんだから、みいって呼んでいいのよ」
「はい! ありがとうございます、みい先輩!」
「一緒に素敵なステージ衣装を考えましょう、みい先輩!」
「よーし! まずは生地のコーナーから行くみぃ!」



「凄い買いこんじゃったね…」
「うん、調子に乗りすぎたかも…」
「みいも、一緒に浮かれてしまったかもみぃ…」
 買い物を終えた三人は、駅ビルから少し離れた公園通りのカフェで休憩していた。
 足元には買い物した生地やフリルなどの袋が山になっている。
「あの~、確か今日は衣装のデザインを考えるために見学に来たんじゃなかったんでしたっけ…?」
「うう…その通りみぃ。最初はそのつもりだったんだけど、隣で紗由があんまり勢いよく買うもんだから、気がつくと釣られちゃって…」
「すいません。なんか私、買い物に夢中になるとストレス発散モードに入っちゃうっていうか…」
「いいじゃないですか! 実物を見ながら考えたほうが、絶対に可愛いステージ衣装ができると思いますよ! ほら、このフリル! これを六人でバラバラに位置を変えてつけたら、個性も出るし、統一感もでて素敵だと思いませんか?」
 舞菜はフリルを手に、ワクワクした表情で身体に当ててみせる。
「そうね。それいいアイディアかも!」
「でしょ! わたしは胸元にしようかなぁ」
「私は襟につけようかな…、あっ、スカートの裾もいいなぁ」
 真剣に話し始めた舞菜と紗由を見て、クスリと笑ってしまう実。
「まったく、私としたことがこんなことで落ち込むなんてらしくなかったわ。せっかくだからポジティブに考えないとダメね」
「そうだ。気分転換に公園に行きませんか? この前の道を歩くと、大きな公園があるみたいですよ」
「舞菜に賛成!」
「そうね。私も行きたいと思ってたの」
 三人はカフェの席を立って、公園への道を歩いた。



 休日と言う事もあり、公園は大変な人出だった。
 そして歩く人の流れの横では、フリーマーケットのように地面にいろんな商品を並べている人たちや、思い思いの芸を見せる人たちもたくさんいた。
「見て見て! あそこでマジックやってるんじゃない?」
「うわ! 今、持ってたボールが消えましたよ! ほら、大きな黄色いボールが突然パッと! 見ましたか、紗由さん?」
「見た見た! え? あれ? ほらちょっと舞菜! 今言ってた黄色いボール、横にいるあの子供が持ってるじゃない!」
「あ、ホントだ! なんで? いつの間に? ね、ちょっと行ってみます?」
「そ、そうね。確かめないとね」



「待ちなさい二人とも」
 興奮している舞菜と紗由の手を握って止める実。
「あんな大道芸にいきなり引っかかるなんて、あんたたちホントにお子様ね。小学生じゃないんだから」
「すいません」
「で、でも私たち、春まで小学生でしたけど…」
「そ、そういうのはあくまで例えなの。とにかく、この公園は大道芸も沢山あるし、歌を歌ったり、ダンスを踊ったりしてるような人も多いの。せっかくだから、いろんなものを見ていくわよ」
「なるほど! 私たちの部活の参考にもなるかもしれませんね」
「確かに!」
「まあ、私が気になるほどの人がいるとは思えないけど…」
 三人は、公園の池の周りの遊歩道を歩きはじめる。
 季節はまだ夏本番には遠く、生い茂る木々の葉を抜けた木漏れ日と、池の水面を渡って吹いてくる風が心地よかった。
「ふむ、今の懐メロおじさん、歌は古いけど歌唱力はしっかりしてたわね。素人にしては侮れないわ」
「みい先輩、さっきダンスしてた二人組はどうですか?」
「あれは一見上手そうに見えたけど、曲の途中で息があがってたわ。まだまだね」
「なるほど。舞菜、どう思った?」
「あ、カモが泳いでますよ。気持ちよさそうですねー」
 一人、舞菜は池を眺めていた。
「あのね~舞菜! 部活の参考にするんだから、部員のあなたもちゃんと見なくちゃダメでしょ?」
「あ、すいません」
 振り向いて足を止める舞菜。
「えっと、ダンスダンス…… あれ? なんか女の子の歌声が聞こえます」
「え?」
「どこから?」
 あたりを見回す三人。最初に気づいたのは実だった。
「そうか! ステージね」
「ステージ?」
「こっちよ、いらっしゃい」

 

 そこは公園の中の屋外ステージだった。
 少し高くなったステージの前には百人程度は座れそうな椅子もあるが、公園の中ということもあり、座席と公園の間の仕切りはなく、誰でも入れるようになっている。
 そのステージの上では、二人の少女が歌を歌い、踊っていた。
「あ、可愛いですねー」
「私たちと同じくらいの年かもね」
「そうね。あの子たちは確か…」
 実の目が鋭くなる。
「知ってるんですか、先輩?」
「ええ、知ってるわ。あの子たちのグループ名は『オルタンシア』、私たちが今度、トーナメントの準決勝で対戦する相手よ」
「え!」
 驚く舞菜と紗由。
 ステージでは、新しい曲が始まっている。
 二人の後ろでは一人の大人の女性が、機材を使って曲を流していた。
 その曲のイントロに合わせて、踊り始める二人の少女。
 客席には、子どもたちとその親が数組程度しかいなかったが、すぐに子どもたちから大きな歓声があがった。
 ステージの上で、二人の少女は息の合ったダンスをしている。それはダンスというよりもパフォーマンスと呼べるくらいのレベルの高さだった。
 同時に宙返りをしたり、互いに飛び越えあったり。その度ごとに子どもたちから大きな声があがる。
 気がつくとその声に気づいたのか、公園を歩いていた人たちも足を止め、ステージを見に集まってきている。
 そして歌が始まると、さっきまで飛び跳ねていた二人の少女は、息を乱すことなく美しいハーモニーを奏ではじめた。

 二人の歌が終わる頃、客席は一杯になっていた。
 数曲を歌い終えた二人に、客席から温かい拍手が起きた。
「うわ~~! 素敵!」
 パチパチと拍手を送る舞菜。
 その脇で紗由は驚きを隠せなかった。
「凄いわ。こんな公園みたいなところで、歩いている人の足を止めるのって大変なことなのに…」
「二人の実力、半端ないみぃ…」
 ボソリと呟く実。
「え? 先輩が認めるなんて!」
「みいを何だと思ってるみぃ…」
 実は腕組みをして、厳しい表情でステージ上の二人を見つめている。
「みいはホコ天ライブの経験もあるからわかるみぃ。自分に興味を持たない人を振り向かせることがどれだけ大変か知ってるみぃ。それに、みいはライバルの実力を見誤らないみぃ。プロのアイドルを目指して常に自分を高め続けるためには、冷静な自分と他人の評価が必須みぃ」
「さ、さすがはみい先輩…!」
「あ、ステージから降りてきましたよ。挨拶しましょうよ!」
「え! 舞菜!?」
 二人が止める間もなく、舞菜はライバルの二人に駆け寄っていった。
「もう舞菜ったら…」
「あの子の行動力も、半端ないみぃ…」



 ライバルのはずの二人は、舞菜の挨拶に快く応えてくれた。
「はじめまして、私たち稀星学園高尾校の謡舞踊部のものです。プリズムステージでのグループ名はKiRaReです」
「ああ、私たちの準決勝の相手の…」
「準決勝ではよろしくな。あたしは伊津村紫(いつむら ゆかり)、こっちの背の高いのは陽花(はるか)」
 さすがに数曲の歌とダンスの後らしく、二人はまだ汗をかいていた。
「二人合わせて鈴村女子中学アイドル部代表のオルタンシアで~す。…ところで、背の高いのってちょっと適当すぎる紹介じゃない? 紫ちゃん」
「けど、ほかは区別がつきづらいからな。な、そう思うよな?」
 確かに、言われて見ると二人は、背の高さこそ少し違うが、他はよく似ていた。
 紫と名乗った背の低い少女がやや年上っぽい雰囲気だったが、二人は淡い髪の色も、優しそうな大きな目も、そっくりだった。


「あの、もしかしてお二人って、姉妹でしょうか?」
「それとも、まさか双子…?」
「あはははっ! やっぱりそう思うよね」
 大声で笑い出す紫。
「もう、そんなに笑うとこじゃないよ~、紫ちゃん」
「けど面白いもん。あははははは」
 紫は笑い出すと止まらない様子だった。
「えっと、私たちは姉妹じゃないんです。でも親戚…だから、血が繋がってるので、似てるのもおかしくないかな~」
「あ、それじゃ従妹さんですか?」
「いえ、その…、紫ちゃんは私のおばさんなの」
「おばさん???」
 きょとんとする三人。
「と、年上なんですか、紫さんって?」
「いえ、私より一つ年下です。今中一で~」
「ええ? わたしたちと同い年だよ、紗由さん!」
「それでおばさん? あれ? それって年上の陽花さんのほうが紫さんの姪っ子ってことですか?」
「ええ…そうです」
「おかしいみぃ。おばさんが年下で姪っ子が年上とかありえないみぃ!」
「あはは、やっぱり混乱してるし~!」
 なおも笑い続ける紫。
「もう、紫ちゃん! 笑ってないで助けてって~」
「あはははっ!」
 笑い続ける紫の後ろから、さっき音響装置を使っていた大人の女性が現れる。
「紫、皆さんに失礼だよ」
「あ、ごめん、お姉ちゃん」
「お、お姉ちゃん?」
 さらに混乱する三人に、女性は笑って挨拶した。
「はじめまして。紫の姉で、陽花の母の伊津村静江といいます」

 静江は三人の関係を詳しく語ってくれた。
「紫は私の年の離れた妹なのよ。でも、私は紫の生まれる前に結婚して、子どもを産んだの。それが陽花。そしたら、次の年に私の母が子供を産むって言うじゃない。それが紫! ビックリしたわよ、ホント!」
「……私たちも、ビックリしました」
 紗由は不思議そうな表情で、並んでいる紫と陽花を見た。
「それで、家が近所だったせいもあって、あたしと陽花の姉妹同然に育ったわけだ」
「気がついたら、趣味も同じになっちゃってたよね~」
「そうそう。同じようにアイドルに憧れて、なりたい! って思って。それで、二人とも中学に入ったらアイドル部に入部したと」
「私は一年上だから先に入ってたんだけど、なんだか紫ちゃん以外と一緒にやる気が起きなくて、それで今年、二人で同じグループを組んで活動を始めたの」
「だから、あたしと陽花が姉妹って言われても不思議はないかな」
 目を合わせて笑う二人。
「アイドル部から私たちがプリズムステージに出場したのも、そのほうが紫ちゃんとたくさん歌って踊れるのが嬉しいから。やっと二人でできるんだもん、みんなの前で思いっきり楽しみたいなって思ったの」
「そうだな。あたしも陽花と一緒が一番だ。決勝トーナメントの勝ち負けも大事だけど、なによりもあたしは、陽花と一緒のステージを楽しみたい。ずっとずっと、二人のステージを楽しむこと、それがあたしらの夢だな」
「うん」
 うなずきあい、楽しそうに微笑む二人は、本当に姉妹のようだった。
「あの、お母さん…というか、紫さんのお姉さん…というか、その、静江さんは、お二人の活動を応援してるんですか?」
 紗由がおずおずと尋ねる。
「そうよ。私も実は高校生の頃、同い年の子たちとバンドなんかやってたからね。さすがにプロを目指そうなんてことにはならなかったけど…。でも、娘が夢を追いかけたいっていうなら、反対する理由はないよ」
「娘じゃなくて、あたしは妹だろ」
「面倒くさいっての! もう両方娘ってことにしておくから」
「やだよ、あんたの娘なんて!」
「何が文句あんのさ!」
「ちょっと~ 母さんも紫ちゃんもケンカしないで~」
「娘が大人のケンカに口出さないでっ!」
「え~! でも、紫ちゃんは私より年下だよ?」
「あはははっ!」
 また大笑いする紫。
「もう、紫ちゃんも笑ってないで~」
 大騒ぎを始める三人。
「な、なんかあの三人って、マンザイみたいですね」
「同感みぃ…」



 気がつくと、太陽は西の空にかかっていた。
「それじゃ~、KiRaReと今度会うのは準決勝だよね」
「ええ。負けないみぃ!」
「ははっ! あたしらはただステージを楽しむだけだよ」
「はい。わたしも楽しみです!」
 公園の入り口で、舞菜たちはオルタンシアの子たちと別れて、駅に向かって歩き出した。
 通りに並んでいる店の壁は、夕陽を受けてオレンジ色に染まっている。
「楽しむことが夢かぁ…。素敵な人たちでしたね」
「うん」
「あ、もう夕方… 結局、最後まで二人のステージ、見ちゃいましたね」
「そうね」
 何かを考えている紗由の表情。
「まさか、あの後三度もステージをするなんて… しかもあのパフォーマンスを最後まで続けて、ダンスも歌も衰え一切無し…。スタミナも半端ないみぃ…」
「でも、本当に楽しそうでしたね。ステージによっては、人が集まらないこともあったりしたけど、二人はいつも楽しそうでした」
「確かにそこは凄いみぃ。客が少なかったり盛り上がらなかったりすると、みいでさえ動揺してしまうことがあるみぃ。あの二人は集中力と安定感も半端ないみぃ…」
「あの…」
「どうしたみぃ?」
「先輩って、なんでみぃみぃ言う時があるんですか?」
「み…! い、いまさらそんなことを聞くみぃか? みいは、わ、私は時々その、スイッチが切り替わってしまうというか、ステージ上でのアイドルとしてのみいが本来の実に乗り移るって言うか、いや、別にそれじゃみいが偽の人格みたいだけど、本来のみいはみいであって、むしろ副会長としての実のほうが仮装人格に近いはずみぃ…じゃなくて、近いはずなのかしら? どう思う?」
「どう思うって言われても…」
「そうですね、本当に二人の集中力は凄いと思いました」
 紗由がぽつりと口にする。
「え?」
「紗由?」
「あの子たちは今、好きなことを一途に楽しんでる。そして、それを家族も一緒になって応援してくれている。それが彼女たちの集中力を生んでいるのかも…」
 そう話す紗由の表情は、真剣に何かを考えているようだった。
「紗由さん…?」
 舞菜のかける声にも気づかないように、紗由は小さくつぶやいた。
「……いいな」